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Clap

作者: さち

「皆さんにお知らせです。早川さんが、県の美術展で最優秀賞を取りました。では、早川さん、前に来てください。」


 朝のSHで、担任は俺達にそう言った。当人の早川さんは、恥ずかしそうに俯き加減で、教壇の所まで来た。


 早川綾音、美術部所属。ロングヘアーの髪は、彼女の顔を隠している。その為、彼女はあまり表情が見えない。そのせいあってか、彼女は一人でいることが多い類いの人である。別に一人でいるだけで、何かをされている訳ではない。ただ、目立たない人である。そんな彼女が賞を貰う様な人とは、俺には到底思い付かなかった。


「賞状。最優秀賞。早川綾音。貴方の作品は…」


 担任は、早川さんに賞状を渡した。自然と、クラス中から拍手が湧いていた。当然といえば、当然の流れである。クラス中の拍手を受けて、早川さんは、よけい恥ずかしそうに下を向いた。

 ただ、しかし俺は、


「おい、泊。何、拍手の振りしてんだよ。ちゃんと手叩けよ。」


 と、隣の右羽君に言われる始末だ。仕方ないことだ、事実、俺は手を叩いていなかった。

 俺は、手を叩きたくなかった。しかし、右羽君に振りをばれてしまったのだから仕方ない、手を叩くしかない。


俺は、両手の平を合わせて、少し離して柏手を打った。




 歯切れの良い音が鼓膜に響く、音は少し俺の中で反響して、やがて消えた。すると、手を叩いた音が消えると同時に、全ての音が消えた。

 つい先刻まで、クラスの皆が拍手をしていた。しかし、今は何も聞こえない。隣を見る。右羽君は手を離した状態で固まっている。丁度、拍手の途中の格好だ。正面を見る。黒板の上に取り付けられたアナログ時計は、全く動いていない。

 つまり、時が止まっている。


 「だから、嫌なんだよ。」


 俺は、ぼそっと呟いた。誰も俺の声など聞こえていないのに。





 俺は、手を叩くと時を止められる。

 この事は誰も知らない。言ったところで誰も信じはしないだろう。それに、俺は、この空間が嫌いだ。無音は耳鳴りを引き起こす。だから、俺は、手を叩く度に耳鳴りがする。

 それよりも、時を止めると、俺は、独りになる。それがこの上なく、嫌だ。孤独を感じるのは、一度きりでいい。天涯孤独の俺が言うのだ、間違ってない筈だ。





 俺がこの力に気付いたのは、小学校の低学年の頃だ。その時、俺には唯一の親類のおばあちゃんがいた。おばあちゃんは既に、体が弱っていた。

 俺が初めて時を止めた時、俺は、戦慄した。突然の耳鳴りに悲鳴を上げた。その悲鳴は悲しい位、反響した。誰も動かない、何の音もしない、あの空間が俺には恐怖しか感じなかった。それに、あの時、俺は、戻し方が分からなかった。それが余計に俺を煽った。俺は、ひたすら叫んだ。孤独が怖くて、二度と戻れないんじゃないかと恐れて、俺は、叫んだ。

 結局、もう一度手を叩くと時の流れは戻った。

 俺は、この事を唯一、おばあちゃんに話した。


「ねえ、おばあちゃん、時間を止めて僕にしてほしい事ある?」

「そうだね…。ゆう君、その力を私にではなく誰かの為に使いなさい。」

「何で?」

「私に使っても、ゆう君の為には、ならんじゃろ?だから、その力を誰かの為に使いなさい。もちろん、自分の私利私欲の為に使っちゃ駄目だよ。」

「私利私欲ってなに?」

「悪い事だよ。」


 おばあちゃんは俺にそう言った。だから、俺は、手を叩きたくないんだ。




 俺は、手の平を合わせて、柏手を一つ打った。歯切れの良い音が鼓膜に響く、音は少し俺の中で反響して、やがて消えた。けれども、消えると同時に音が、周りの拍手の音が鳴り出した。

 時間が流れ出した。


 その後俺は、皆の拍手が鳴り止むまで、巧妙にしている振りをした。これにはさすがに、右羽君も気付かなかった。

 気のせいだろうか、早川さんの視線が、俺に向いている気がした。






 高校の一日など、行事の日でない限り、つまらない位すんなりと終わる。

 俺は、帰路についていた。一人で帰りの道を歩いていた。俺の少し後ろを早川さんも歩いていた。恐らく、美術部が休みなのであろう、彼女もまた一人で歩いていた。他にも、何人かの生徒が同じ方向に向かって歩いていた。

 途中に公園がある。車通りの多いこの道に何故かその公園はある。一人の少年がボール遊びをしていた。けれども、ブランコに当たったボールは、少年の考えもしない方へ転がっていった。不運にも、車道に転がっていった。

 俺は、それを見ていた。あの時、車さえ来ていなければその場はすんだ。しかし、ボールだけを追った少年に車が接近してきた。

 俺は、咄嗟に両手を合わせて、柏手を一つ打った。


 あの歯切れの良い音が聞こえると同時に、もう一つ音が聞こえる気がした。気付くと、耳鳴りはしなかった。それどころか、普通に時間が流れていた。


「何でだ!?」


 俺は、もう一度手を叩いた。しかし、またしても音が二つ聞こえて、時間は止まらなかった。

 車はもう、少年と衝突するところまで来ていた。


「くそっ!」


 もう一度、手を叩く。今度は耳鳴りがした。間に合った。俺は、少年と車を離そうとし、歩き出すと、


「どうして、自分の為に使わないの?」


 不意に、背後から声がした。聞こえる筈のない、俺意外の女の声だった。俺は、全身の毛が逆立ち、直ぐ様振り向いた。そこには、下を向き、もじもじとしている早川さんがいた。


「何で、動けてんだよ…?」


 この時が止まった空間で動いている人を見たのは初めてだった。俺は、冷や汗を流した。


「ねえ、何で人の為にその力を使うの?」


 俺の驚愕の表情など無視して、早川さんは俺に質問を繰り返した。頭の回転が追い付いていなかったが、不思議と声に出せた。


「その方が、俺の為になるからだ。」


 言って直ぐ、俺は又疑問との格闘が始まった。あーでもない、こーでもないとぶつぶつと言っていると、


「私達はさ、こんなにもすごい力があるんだよ?なのに、どうして私利私欲の為に使わないのよ?私が間違ってるみたいじゃない!」


 彼女は言った。自分にも俺と同じ時を止める力があると。そして、自分はその力を使って、今まで沢山の絵を描いてきたと。彼女は、前髪で表情を隠したままそう告白した。


「ねえ、私、間違ってるの?」


 俺としては、早くあの少年を助けたかった。直ぐ様駆け寄って、少年を安全な場所に移動させたい、だから、質問に答えないというのが選択肢もあったが、俺が時を止めた二回が失敗しているのは、早川さんのせいと考え質問に答えた。


「間違っては、ないんじゃないかな?むしろ、その方が正解なんじゃない?」


 早川さんは顔を上げた。


「俺は、誰かの為にこの力を使いたい。早川さんは、自分の為に力を使いたい。どっちも間違ってないんじゃない?自分の持っているものを使うのは、その人次第だしね。」


 彼女はまた下を向いた。


「そっか。そうだよね。ごめんね、呼び止めて、もう何もしないよ。」

「そうか、助かるよ。」


 俺は、やっと少年を安全な場所に移動した。

 そして、もう一度、手を叩いた。






 何も起こらなかった。少年は、ボールを取り戻せたし、車はそのまま通り過ぎていった。何も起こらなかった。

 後ろで立っている早川さんはまた質問してきた。


「泊君は、この力を持っている意味を考えた事ある?」

「えっ…。」

「私はあるよ。でも、言わない。私の意味と貴方の意味は違うかも知れないしね。じゃあね、泊君。」


 そう言うと、早川さんは表情が見えないまま俺とすれ違い、帰って行った。

 いったい、なんだったのだ。






「皆さん、今日はお知らせがあります。早川さんの絵が全国絵画コンクールで金賞を取りました。皆さん、早川さんに盛大な拍手を送りましょう!」


 早川さんが教壇に向かう最中、俺は、拍手の振りをしていた。


 





 

 








少し不甲斐ない終わり方ですが、作品の本質を理解して頂けたら、幸いです。

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