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ズボン

仕事がひと段落した高峰は、自分がいるオフィスの1つ下の階にある休憩スペースに来ていた。

コーヒーを飲みながら、ぼんやり外を見ているとにぎやかな声が聞こえてきた。

「もう、坂巻君、どうしてズボンが裂けたのさぁ。」

陽気なあの声は、いつものあの部長で、半泣きなのは、部下の坂巻か。

「だってまさかあんなところに裁断機があるだなんて思わなかったんですよぅ。

あ!高峰さん!よかった、やっぱりここだったんですね。」

ととと、と、高峰に近づくと、手に持っているソーイングセットをぐい、差し出してくる。

「お願いします。僕のズボン、かがって下さい!」

「‥‥は?」

「だって、田中さんにお願いしようとしたら、女性が皆裁縫ができると思うなってキレられちゃって‥」

眉間に皺を寄せたまま、高峰はじ、とソーイングセットを睨む。

「ほら、高峰君、器用だからさ、きっと大丈夫だよって僕が言ったんだよ。」

だからほら、かがってあげなよ、と余計な援護射撃をする部長。

「‥‥脱げ。」

「それに、ぼくこれから工場に‥‥え?」

「脱げ。履いたままじゃ縫えない。」

「え?えぇ?ここで?今?脱ぐんですか?」

「オフィスの方がいいか?」

「いいえ!でも‥。」

「大丈夫だよ、坂巻君。

ほら、ジャケットを掛けて、椅子に座っていればいいだろ?」

もじもじと赤くなって俯く坂巻に部長が自分のスーツを差し出す。

そっと高峰の隣に座った坂巻は、もぞもぞとスーツで隠しながらズボンを脱ぎだした。

「女子か!」

つい突っ込んでしまった高峰にそっとズボンが渡された。

「あの、後ろの縫い目が丁度‥。」

ぽ、と顔を赤らめる坂巻。

なぜこんなところが裂けるのか、高峰は眉間に皺を寄せたまま、針に糸をとおした。

「そこってさぁ、なんですぐ裂けるんだろうね?」

「‥俺、裂けたことないっすよ。」

じっと高峰の手元を見つめる部長に少々の頭痛を感じながら、縫い始める。

「僕もさぁ、若いころ、そこが裂けちゃってねぇ。」

昔を思い出したのか、目を細めている。

「若い頃の僕は営業でね、毎日外回りに汗を流していたんだ。

そんなある日、駅の階段を駆け下りていたら、何かの拍子にズボンのお尻のとこ、裂けちゃったんだよね。

僕、裁縫ってできないし、会社からもちょっと距離があったから焦っちゃってね。

そんな時、思い出したんだ。

上司の家がこの近くだ、ってね。

確か上司の奥さんは専業主婦で家にいるはずだから、とりあえず家に向かったんだ。」

チクチクと縫っていた高峰の指にぎゅっと力がこもり、関節が白くなっている。

「幸いなことに、って言うのかな、僕は年賀状を書くために手帳に上司の住所を書いてあったから、大慌てで上司の家に行ったんだ。

案の定、奥さんは家にいてね、無事に縫ってもらえたんだよ。」

「連絡しないでいっちゃったんですか?奥さん、驚いていませんでしたか?」

真剣に部長の話を聞いていた坂巻が部長に尋ねる。

「あぁ、うん、びっくりした顔してたな。でもさ、あの頃は携帯なんてなかったからさぁ。」

くすくすと笑う部長と、真面目に受け答えをしている坂巻。

「あぁ、もしかして、その時もジャケットを膝にかけて縫ってもらったんですか?」

「いや、その時は隠しもしなかったな。」

正座して大人しく待っていたよ、と坂巻に微笑みかけている。

「あぁ、でも本当はさ、アポなしで1件行きたかったんだけど時間が無くなっちゃってねぇ。」

ふぅ、とため息をついている部長を横目に縫い終わった糸を切る高峰。


「ズボンが切れて、時間切れ、なんてシャレになんないよねぇ。」

あはははは、と笑い合う2人がなんだか親子に見えてきた高峰であった。


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