フラフープ
「フラフープだよ、高峰君。」
「‥は?」
突然何を言い出したのか、と目の前の部長の小野を見やる高峰。
「いや、だからね、フラフープで腰を回していたら、体調がよくなってきたんだよ。だからね、最近では暇さえあれば、腰を回しているんだ。」
「はぁ」
「エレベーターを待ってる時とか、電車を待っている時、何もしないでただ立っているなんてもったいないよ。
そんな時こそ、こう、腰を回して。」
座ったまま腰を回す目の前の部長に戸惑いながら、高峰はそっと周りを見回す。
小ぢんまりした蕎麦屋は、昼時とあって混んではいるが、こちらの話を聞いているような雰囲気はない。
高峰はなぜこんな話になったんだ、と考える。
確か、高峰が柔道を止めた後運動をしているのか、とかそんな話をしていたはずだ。
だから、まぁ話の流れ的にはおかしくはないのだろう。
だが、50歳になろうとしているおじさんのフラフープ姿はあまり想像したくはなかった。
げんなりとした高峰をよそに、ますます饒舌になる小野部長。
「あとね、うーん、なんて言ったかな。ほら、あのサッカーの日本代表になった人なんだけどね、彼が出した体幹を鍛えるって本があったでしょ?あれのね、エクササイズがいいんだよ。」
ずずっと蕎麦をすすりながら、高峰を見る部長。
「こう、肘でやる腕立て伏せ、あるでしょ?あれでね、膝をこう、胸の方にぐっともってきてから伸ばす、っていうのがあるんだけどね、これがねぇ、効くんだよ。」
にこにこ、と笑顔を浮かべて高峰に力説している。
「僕はね、毎日お風呂に入った時にこのエクササイズをやっているんだけど、この間、たまたま洗い場でエクササイズをやっていた時に息子が扉をあけちゃってねぇ。びっくりしたよ。『パパ、何やってるの?』って聞かれちゃってさぁ。」
ははは、と照れたように笑う部長。
風呂に入った時、という事は、部長は素っ裸だったのだろう。
‥息子さんの心に傷を残してはいないだろうか。
まだ会ったとのない、つい最近5歳になった小野部長の息子の心配を思わずしてしまう高峰であった。
それにしても、と高峰は口をはさんだ。
「部長の家の風呂、エクササイズができるぐらい広いんすね。」
「え?そこ?高峰君、そこなの?」
せっかくアドバイスをしているんだから、とふてくされる小野 隆、48歳。
口をとがらせて可愛い歳は、もう40年ほど過ぎている。
「このエクササイズ、本当に効くんだよ。この間、田中さん達に何か運動やっているのか聞かれて、廊下でみんなでやったんだけどね、彼女たち、翌日筋肉痛になったらしいからね。」
「は?廊下?会社のですか?」
「うん。そうだよ。」
微妙な顔で上司を見つめる高峰。
「あ、あとね、靴も大事だよ。あのさ、ほら、バランスボールみたいな――」
――何でこの人が俺の上司なんだろう。
そっと溜息を吐く高峰であった。