2話ー2
「あれ、シュバルツさんじゃないですか。珍しいですね」
「珍しいって君・・・長官が諜報本部に居るのは当然のことだろ・・・」
オルビナから解放され、昼休憩を許されたシュバルツは、食堂で一人ご飯を食べていた。長官という肩書きのせいで誰も彼に近づかない中、気さくに話しかけてくれるのは目の前の好青年―ニコラス君くらいのものだ。
「どうせオルビナさんに捕まっただけでしょう?いつもはなんだかんだ言ってサボってるじゃないですか」
「五月蝿いなぁ、僕には僕の仕事があるんだよ。サボってるわけじゃあない」
どうだか、と笑うニコラス君はどこか大人びている。彼は職員のなかではかなり若い方だが、その優秀な働きは有名だ。今は事務関係の仕事を任せられているが、いずれ要職につくときがくるだろう。
ちなみに、諜報部にいる優秀な人材というのは、どうにも油断ならない人物が多い。そういう人物は休憩時間や同僚との会話、家族団らんの時間でさえ、無駄にしたくないと思うものだ。
ニコラス君は・・・言うまでもないだろう。
「で、何の用かなニコラス君?」
シュバルツが低い声で訊ねると、ニコラス君の顔も心なしか暗い笑いに染まる。二人の表情に大きな変化はないのに、まるで今までの会話は茶番であったかのようだ。
「・・・長官。フセフ・ライアン殺害事件について、こんな資料が回ってきました」
ニコラスは手元の弁当箱をどかし、一枚の紙を差し出した。そこにはフセフ・ライアンの経歴が記されているが、その内容はシュバルツが持つ情報と大差ないもので、取り立てて重要な意味が含まれているとは思えない。
「これは普通に出回っている彼に関しての報告書じゃないか。情報源は別のようだが」
「ええ、これは諜報部末端からではなく、警察から提出された報告書です。ここにはフセフ・ライアンの経歴として、初等魔法学校、帝国魔法高校、防衛大学と学歴を重ね、大学では魔法陣形学を専攻したことが記されています」
「うん、その通りだね」
「では、次にこれを見てください」
ニコラスがそう言って取り出したのは、同じ規格の紙であった。書かれている内容もフセフ・ライアンについてで、パッと見今までの報告書と変わりない。
「これは・・・?」
「これは軍部に上がった報告書です。書かれている内容はほとんど警察のものと違いはないのですが・・・ここを見てください」
ニコラスは報告書に書かれている項目のなかの、ある一文を指差した。シュバルツはそこに注目すると、その内容にすぐに違和感を覚える。諜報部や警察からの報告書に書かれたライアンの経歴と、そこに書かれている経歴には大きな違いがあったのだ。
それも、極めて重要な情報についてである。
フセフ・ライアン:経歴(ガレオス暦)
796年:ガレオス帝国 帝都メディチ・メディナにて生誕
800年:帝都第3初等科魔法学校 入学
806年:同校 卒業
806年:帝立魔法高校 入学
810年:同校 卒業
810年:帝国防衛大学第1分校 魔法幾何学専攻
816年:同校 卒業
818年:帝国魔法騎士団 レンジャー課程
821年:ガレオス帝国諜報本部 ワークエージェントに着任
[備考]
帝国魔法騎士団レンジャー課程にて、魔法適正検査に反応なし。適正属性が存在しないことから、何らかの障害、もしくは器の可能性あり。魔力自体を扱うことは出来るため、器の線が濃厚か。
「フセフ・ライアンが、《器》・・・?」
シュバルツが驚きを隠せない中、ニコラスは静かに口を開く。
「厄災の種、王の資格を持つもの、神の魔法を操る者・・・数々の呼び名が存在しますが、彼等は間違いなく我々の脅威となるでしょう。絶対無二のオリジナル魔法をその身に宿すのは器の宿命。その戦力は例外なく強大なものになります。1000年前になら英雄になり得ましたが、今となってはただの火種です」
「1000年前・・・大陸戦争のことか。確かに今の世界は器が英雄となって、戦争によって築き上げたられたものだしね。この帝国だって・・・」
「シュバルツさん、その話はご法度です」
「分かってるよ」
ニコラスはさりげなく周囲を確認する。誰も不審な行動をとっていないことを確認して、脱線しかけていた話を本筋に戻した。