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――星が落ちる。
言葉自体はちい星も聞いたことがありました。何かがきっかけで星が文字どおり「空から落ちて」しまうのです。落ちた星は周りの星を巻きこみながらはじけ飛んでしまうとも、お日さまのような真っ赤な炎になって力の限り周りを焼き尽くすとも言います。どちらにしろ、落ちた星のたどる道はたった一つ。「星の死」でした。
「ば……ばかな、なぜわしの孫が、そんなことに……?」
長老の声も震えています。一の兄さまも、二の姉さまも、顔が真っ青です。
「理由はわからねえんです。でも、今はとにかく逃げねえと!」
「み、みんなは? みんなはどうしているのですか?」
二の姉さまが一の兄さまに支えられながら尋ねました。少し離れたところにいた私たちてかがみ座や長老はともかく、こぐま座たちの近くにいた星座たちはどうなったのでしょう。器量よしのおとめ座は、料理上手のやまねこ座は、陽気で寡黙なふたご座は、今日会ったすべての星座たちは無事なのでしょうか。
「みんなは無事です、もう逃げ始めてます! ですから長老もてかがみも、早く!」
からす座は翼を広げて逃げるべき方向へと誘導します。長老は苦しそうな唸り声を上げながら後に続きました。ちい星も他のきょうだいたちに引きずられるようにして走り始めました。
みんな逃げ始めてるってことは、みんな無事ってこと。私たちも逃げれば助かるだろう。だけど……。
ちい星の心は、激しく揺れていました。
「てかがみ! あんたも無事だったのね!」
きれいに結いあげていたはずの髪を振り乱したおとめ座と合流したのはそれからすぐのことでした。てかがみ座ががんばって整えたドレスはあちらこちらが破け、頬には汚れがついていますし、完ぺきな化粧もとれかかっています。おとめ座だけでなく他の星座たちも同じようなありさまでした。我先にと逃げていくうちに怪我をしてしまったり、仲間とはぐれてしまったりもしているようです。実際、てかがみ座はいつの間にか長老を見失ってしまっていました。
「ぼーっと突っ立ってないで逃げるわよ! ……何やってんの!」
星座たちがつくる流れをせき止めるようにして立っているてかがみ座を見て、おとめ座は声をとがらせました。おとめ座だけではありません。
「どうして動かないんだ! 早く行くぞ!」
「そうよちい星、急がなくては!」
「あんたがとろとろしてるとみんなが困るの! ほら、さっさとしなさい!」
一の兄さま、二の姉さま、六の姉さまが次々にちい星を叱りつけます。
そう。てかがみ座が動かなかった理由は、ちい星がその場で足をふんばっていたからでした。
「……や……」
「え?」
六の姉さまが聞き返しました。
「……いや! 私は逃げない、こぐまさんを助ける!」
ちい星は声を張り上げました。
さっきからずっと考えていたのです。二の姉さまは「みんなどうしているか」と聞きました。からす座は「みんな無事」だと言いました。だけどちい星が知る限り、間違いなく無事ではない星がいます。今まさに「落ち」かかっている星座、こぐま座です。
真面目すぎるところはあるけれど、いつもちい星が失敗してしまわないように考えてくれている一の兄さま。ときどき難しいことを言うけれど、ちい星をすぐ側で優しく見守ってくれる二の姉さま。口は悪いけれど、なんだかんだでちい星の成長を(たぶん)応援してくれている六の姉さま。もちろん他のきょうだいだって、他の星座たちだってそうです。多少の欠点はあっても、みんなそれ以上にいいところがある。ちい星だってみそっかす星座の中でも一番のみそっかすだけど、長老はちい星の真っ直ぐさを認めてくれました。
ちい星は真っ直ぐな気持ちで思います。
からす座の言う「みんな」の中に、こぐま座だって入っていなくちゃおかしい。もしもここでポラリスが……こぐま座が落ちてしまうのをただ黙って見ていたら、自分たちが助かってもずっとずっと後悔する。
逃げる星座の流れをせき止めて、おとめ座やきょうだいみんなから怒られながらも出した、ちい星なりの結論でした。
「馬鹿なことを言わないの!」
おとめ座は当然のように怒ります。だってそうでしょう。この一大事に助けるとか逃げないとか、ふつうじゃ考えられません。
「本気だもん! ちゃんと助けられるかどうかわかんないし、失敗するかもしれないけど、やらなかったらずっと『あの時やればよかった』って思うことになるの! そんなの私はいや!」
「……もう、知らない!」
おとめ座はてかがみ座に吐き捨てるように叫ぶと走っていってしまいました。てかがみ座は星の流れに逆らい、空のてっぺんをにらみます。
「本気なんだな」
一の兄さまが言いました。
「それがちい星の真っ直ぐな気持ちなのね」
二の姉さまがちい星を見つめました。三の兄さま、四の姉さま、五の兄さまも代わる代わるちい星に声をかけます。
「ほんと、あんたって馬鹿」
そして六の姉さまがいつものように文句をつけてきたところで、ちい星は笑います。
「私たちは地味で、みんなのてかがみになるしか役に立たない名無しの星座だもん。もしこぐまさんを助けて私たちが壊れちゃっても、こぐまさんが助かる方が絶対いいし、私たちも助かったら本当に『みんな無事』だもん」
ちい星は力強く言うとずっと握っていた二の姉さまとの手を離し、今にも落ちてしまいそうなこぐま座めがけて走りだしました。六つ星たちもすぐにちい星を追いかけます。
しばらく経って、思わず耳をふさいでしまいたくなるような轟音のあとに虹色の光が夜空中を覆い尽くしました。光はお日さまの放つものよりずっと強く、それでいてお月さまのかき鳴らすたてごとより優しいものでした。光がおさまった頃、星座たちはおそるおそる夜空に戻ってあっと叫びました。
空のてっぺんにはポラリスが輝いています。こぐま座の体は空の下へ向かってぶらんとぶら下がっていましたが、もう落ちる気配はないようです。
「おお、おお、よくぞ無事で……!」
「てかがみが落ちた僕の体を受け止めて、ここまで跳ね返してくれたんだ!」
長老がこぐま座を見上げて涙ぐむと、てっぺんからこぐま座が言いました。その言葉におおぐま座を始めとした他の星座はてかがみの姿を探します。
しばらくして長老が見つけたてかがみ座は鏡と柄の部分が割れて、てかがみ座とは呼べないような形に壊れてしまっていました。鏡が細かくくだけたことで星くずがいっぱい飛んでいるのでしょう。けれど、元てかがみ座だった七つ星はてかがみ座だった頃よりずっと、きらきら輝いているようでした。