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星のてかがみ  作者: たかの かんな
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 冷たい北風が去っていき、誰もがうきうきとおどりだす春がやって来ました。寒さに震えていたお日さまも元気になり、さんさんと大地を照らします。


「やあ、今日もたくさん遊んだなあ。本当はもっと遊んでいたいけど、そろそろ寝なくっちゃ」


 お日さまが目をこすりながら沈んでいくと、空はしだいに紺色になりました。入れ替わるようにしてたくさんの光があちらこちらで輝きはじめます。

 夜。それはお日さまのかげに隠れていた星たちが起きてきて、思い思いに楽しむ時間です。おまけに今日は特別な日。春の星座が今年初めて出てくる日でしたので、星たちはいつも以上に張り切っているようです。


「てかがみ! てかがみはどこなの!」


 ほら、一番の器量よしとうわさのおとめ座がさっそく身じたくを始めたみたいです。おとめ座は可憐(かれん)な名前に似合わずとても勝ち気で、自分がいっとう綺麗でないと許せない気位の高い星座でした。ですからせっかくの大事な日に髪の毛一本の乱れもあってはいけないと、うつくしい目じりをつり上げています。


「おとめ座さん、おとめ座さん、私はここにいます」


 おとめ座のうしろから小さな声がします。けれど、おとめ座は気付かずに相変わらず「てかがみ! まったくもう、いつも呼んだらすぐに来なさいって言ってあるのに!」と叫んでいます。小さな声の持ち主は一生懸命に声を張り上げました。


「おとめ座さん、ですから私はここです。てかがみ座はあなたの後ろにいます」

「てかがみ! ……あらあんた、そんなところにいたのね。聞こえてたならさっさと私のしたくを手伝いなさいな。いいこと、少しでも変なところがあったら承知しないわよ」


 おとめ座は肩越しにひとにらみすると、その場にふんぞりかえりました。てかがみと呼ばれた星座は慌てて近寄り、おとめ座の身じたくを一生懸命ととのえます。


「絶対におくれ毛は作らないでね。のどのほくろは見えないかしら? こっちのドレスとあっちのスカートと、どっちがいいかしら!」


 てかがみ座の()を握っていろんな角度から眺めながら、おとめ座はにこにこと笑顔の練習をしているようです。

 それにしても、この星座はなんて地味なんでしょう! 七つの小さな星が()()()()のような形をつくっているのでてかがみ座と呼ばれてはいますが、おとめ座はもちろん、他のどんな星座の横に立たせてもてかがみ座はかすんでしまいます。てかがみ座の図体がそこそこの大きさなだけに、かえって地味さが強調されてしまうようでした。


「ちょっとてかがみ、冗談じゃないわよ! こんなものを着けたらスピカが見えなくなるじゃないの!」

「あ……っ、ごめんなさい、おとめ座さん」


 ぴしゃりと怒鳴られたてかがみ座は、慌てておとめ座の腕に巻いたショールをはずしました。そうです、美人のおとめ座は手の先のスピカが大の自慢なのに、そこを隠してしまっては台無しですよね。てかがみ座はショールの代わりに真珠の飾りを渡しました。淡い青に光る真珠を見て、おとめ座は満足そうにうなずきます。


「そうね、これならいいわ。名無しの星座はこういうところが気が利かなくてだめね」


 名無しの星座と言われたてかがみ座は悔しくなりました。でも、おとめ座に言い返すことはできません。だっててかがみ座には、おとめ座のスピカみたいな名前のある星がひとつもないのですから。どんなに小さな星座にでもだいたいひとつは名前がついているものです。みなみじゅうじ座は全天で自分が一番のちびだとこぼしていましたが、彼には名前のついた星が三つもあるのです!

 どの星にも名前がないなんてよっぽどのことなので、てかがみ座の七つ星たちは互いを一から七の数字で呼び合っておりました。


「そろそろ私は行こうかしら。てかがみ、最後のチェックをしてちょうだい」


 すっかり着飾ったおとめ座はてかがみ座に言いつけます。てかがみ座は上から下、右から左と念入りにおとめ座の様子を見て回りました。


「おとめ座さん、おとめ座さん」

「なによてかがみ、早くしてちょうだい」

「すそに何かついています。きっと座っていた間についてしまったんだと、しゅんっ」


 言い終えないうちにてかがみ座は大きなくしゃみをしました。おとめ座がぱすんぱすんとドレスを手でたたいているのです。何かがついているのはすそなのに、おとめ座は体中をたたきました。そのたびにドレスから星くずが舞い上がり、てかがみ座にふりかかります。あまりの勢いに、てかがみ座はこふんけふん咳き込みました。


「さあ、今度こそいいわね。てかがみ、正直に答えなさい。私はとってもきれいでしょう?」

「けほん、おとめ座さんはきれいです、こほん」

「うふふ。夜空いちの美女は私で決まりね。じゃあね、地味でみそっかすのてかがみ。私は一足お先に楽しんでくるわ。そうそう、私が使わなかった飾りを使いたいなら使っていいわよ」


 おとめ座はすっかり気分を良くしたようで、てかがみ座をそのへんに置いて春の夜空に出かけていきました。そのへんに置いていくのがどうしてご機嫌かって? おとめ座が怒るとてかがみ座は空の端っこまで投げられてしまうのです。そうするとてかがみ座は別の星座たちの身じたくを手伝いながら戻ってこなくてはならないので、それは骨が折れるのでした。

 てかがみ座はおとめ座が脱いでは着、つけては外した服や飾りをひとつずつしまいました。使ってもいいと言われた飾りも全部小箱に片付けます。うつくしいおとめ座が持っている飾りはどれもこれもおとめ座がつけてこそ似合いそうなものばかりで、てかがみ座のような地味な星座がつけたところで逆効果にしかなりません。

 おとめ座が去り際に言ったとおりのみそっかすな星座、それがこのお話の主人公、てかがみ座なのでした。


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