9 【和葉】 ロープ
和葉は目を覚ましてすぐに、ベッド下に置いた袋を確認した。
ぺったんこになったその袋の中にはなにもなかった。
「……わお」
予想通りではある。和葉は唇の端を上げた。少し楽しくなってきた。
これでクラスメイトや学校での悪戯ではないということが確定した。もし夜中に忍び込む何かのプロなクラスメイトがいるなら分からないが。
さて、予想通り消えたバナナ。しかし何も入っていない。
数日経って腐ったバナナが帰ってきても嫌だなぁと思いつつ、和葉は次は何を入れてみようか迷った。
試しに何個か入れてみて、全部消えるか確認すべきか、いや消える時間を確認すべきか……はっ!
和葉は思いついた。がさごそと押し入れを漁ると、そこにあったものは。
「これだああああ!」
「和葉、朝からうるさい!」
そして母に怒られた。
首を縮めるようにして口を閉じると、和葉は袋の中にロープの束を入れた。去年の文化祭の時に使ったビニロンロープである。白くて太い合成繊維のロープだ。一束余っていたのだ。
二十メートルの長さのそれを、一部だけ外に出しておく。
「これで袋の中のものだけ消えるのか、それとも外にあるものまで全部消えるのか分かるはず!」
大発見! とばかりに笑みが浮かんだが、少し考える。
ロープが引っ張られて中に入っても困るし、とベッドにロープを結んでおいた。
「よし、完璧」
笑顔で学校に行く和葉だったが、残された部屋にはベッドに結ばれたロープと袋が床に転がっていた。
* * * * * * * * * *
何事も無く授業も終わり、和葉は家へと一直線に戻ってきた。
「……あれ?」
帰ってすぐに自分の部屋を見にいった和葉は目を丸くした。
机に置かれた袋を手にとって、中を覗いてみる。朝に入れたはずのロープはなかった。一部切断された、のような消え方ではなく完全に少しもなかった。袋の中は空である。それはいい。
だがおかしいのは。
「……部屋が綺麗」
朝に押し入れからどんどん放り出した色々な物が、きちんと押し入れに収まっている。そういえば床に置いたはずのこの袋も、机の上に移動している。まさか、と和葉が台所に行くと。
「ああ、あんたの部屋片付けたわよ」
あっさりと言う母であった。
* * * * * * * * * *
三時間ほど前。
「……あの子は、何やってるのかしら」
朝の騒音で、おそらく散らかっているだろうと和葉の部屋をあけると、そこには床に散らかる袋や小物といった光景があった。
呆れた顔をした母は、ベッドに結んであったロープをほどいて、全て袋に入れてしまう。ついでにぽいぽいといくつか散らばっていた小物も入れておいた。邪魔な袋や服は机の上に置いて、母は和葉の部屋に掃除機をかけ、片付けは完了した。
思春期の敵である「お母さんによる掃除」である。和葉は今まで感謝こそすれど、文句を言う娘ではなかった。
でも今日はやめてほしかった、と訴える娘に、「反抗期なのかしら」と困惑する母であった。