7 【和葉】 金貨
夕方を過ぎて、家に帰った和葉は、自室で袋を取り出した。
「……わお」
なんだか膨らんでいる。ときめいたらいいのか怖がったらいいのかわからない。実は呪いの袋だったらどうしよう。
和葉が触った感触では柔らかいものと、小さな硬質なものがあった。少なくとも生き物ではない。
生き物ではないなら開けた瞬間に襲われることもないはずだ。
「よしっ!」
思い切って開けてみると、そこには薄汚れた和葉の体操服があった。体操服は泥のような赤黒いもので汚れていた。
「うわぁ、泥まみれ。何これイジメ!?」
和葉から緊張感のない声が漏れた。誰かが和葉を恨んでいて、変な衣装を水浸しで袋に入れたり体操服を盗んで泥まみれにして返すというストーリーが頭に浮かんだ。とりあえず、あの衣装が自前か否かが気になるところではある。
しかし広げた体操服から、ころりと何かが落ちてきた。
「……?」
拾い上げるとそこには、半分に切断された金貨があった。
手の中でくるくると回してみるが、切断面も金色であり、金メッキではなさそうな感じである。
「何これ?」
半円形のそれには、なにやら文字が書いてあるようだったが読めなかった。半分なせいもあるだろうし、見たことのない文字であるせいもあった。
これは本物の金なのか。それともおもちゃなのだろうか。
見ても和葉には分からなかった。
数分ほど悩んだ和葉であったが、思い切ってその金貨を掴むと、洗面所の籠に体操服を突っ込んで出かけることにした。
「お母さん、ちょっと出てくる! すぐ帰るから」
「もう暗いのにどこ行くの?」
尋ねる母の声に、和葉は返事をする。
「近いから大丈夫! ちょっと聞きたいことがあるの」
母の返事を待たずに、和葉は玄関の扉を閉めた。行き先はご近所の買い取り専門店だ。
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「大体1/2オンスだから、うーん、六万円くらいかな?」
「げっ」
蛙がつぶれたような声が和葉の喉から出た。本物だった。こんなものが入っているなんて、いたずらにしてもいじめにしてもおかしいし、第一和葉は今のところクラスメイトと仲が悪いというわけではない。
にしても……六万円!? 和葉の小遣いの何ヶ月分……いや何年分か?
引きつった顔の和葉に、店主は笑顔で問いかける。
「未成年だと親の同意書がいるから、今は買い取れないけどどうする?」
「い、いやいや大丈夫です。その、値段聞きに来ただけです」
「そう? もうちょい値上げして買い取ってもいいけど?」
「さ、最近の金相場を勉強するように宿題が出たんです!」
そんな宿題出ていないが、和葉の苦し紛れの言い訳に店主は納得したようで頷いた。
「そっか、じゃあもし売る気があるならまたおいで」
「はい、ありがとうございます!」
そそくさと和葉は手の中の金貨を握りしめて店を出た。さすがに入手先を聞かれては困るので、親の同意など得られるはずもない。
混乱した頭のまま、家へと向かう和葉だったが、何だかよく分からないが呪われてるか祝福されてるかどっちかだと思った。
* * * * * * * * * *
「さあどうしよう」
部屋の中、袋の前で正座して和葉は自分に問いかけた。
この袋は何かおかしい。誰かのいたずらにしても、クラスメイトとは限らない。
昨日のことを考えると夜のうちに消えた水が零れたのでないのならば、一体誰がそんなことをできるのだろうか。母か。単身赴任の父か。どっちにしてもそんなことをする理由などないはずだ。
しかしおいしい。まさかの臨時収入である。
体操服も帰ってきて、六万円……はっ、これはもしかして変態に買い取りされたということなのか! あの体操服捨てなきゃ!
思わず洗面所に向かうが、既に洗濯されていた。ちなみにこの後母が何だか優しくなっていたのだが、何か誤解されている気がする。
うむむと悩みながら、和葉は思った。
体操服を再び袋に入れるのは嫌だ。何か嫌だ。
下着などは論外である。変態滅びろと思う。
じゃあ入れて問題ないもの、消えても問題ないもの……となると。
ちらりとテストを隠した机の引き出しを見たが、首を振った。消えても問題はないが現れたら問題がある。
和葉は台所に行くと、バナナを一房掴んでこっそり持ち帰った。お腹が空いている訳ではない。
バナナを袋に入れて、和葉は頷いた。
「少なくとも、学校で消えるのか家で消えるのか確認してみよう」
寝る前までに何度も見たが、バナナは消えずにそこにあった。
気にはなるが朝まで見ている訳にもいかず、夜中の二時を過ぎていい加減、和葉は眠りについた。