6 【アベル】 追いかけてくるもの
昼すぎ、すでに夕方近くなってからアベルは目を覚ました。
木の上で寝るのは慣れておらず、時々落ちそうになってはハッと目を覚ましていた。充分に体力が回復したわけではないけれど、最低限の睡眠はとれたはずだ。
不思議なことに昨夜増えた水は、やはり増えたままである。
首を傾げながらも木を降りようと足をかけた小さめなうろに、何か触れる物があった。降りてから、アベルの腰のあたりにあるそのうろを覗いてみると。
「……何故だ」
そこには一昨日、セリド王城近くの森で脱ぎ捨てたはずの、自分の衣装が入っていた。
アベルは眉根を寄せる。
「セリドからは大分離れたはずだ」
こんなところにこんなものがあるはずがない。また、木に登る時には確かに無かったと思った。
誰かに魔力でつけられたのか。それにしては木の上に居たはずのアベルに何の危害を与えないのも不思議であるし、誰かが傍に来たならば目を覚ますはずだ。
剣の鞘でそれを持ち上げると、青いマントと自分の衣装が乾いた状態でうろに入っていた。しかしここは彼が脱ぎ捨てた場所でもなく、風で飛ばされてここまで来た訳でもないことは一目瞭然。
その衣装はきちんとたたまれていたのだ。
「……意味がわからん」
彼はそう呟いた。
セリドの王子アベルは、祝福された存在であった。
運命を司る女神に愛され、彼に危害を加えることがないように悪意ある魔法や毒が無効化される身体を持っている。
よって彼を追跡するような魔法があったとしても、無効化されているはずなのだ。
アベルがその衣装を手に取ってみると、ふわりと太陽の香りがした。
迷ったが、もしかしたら逆に自分の着ている奇妙な衣装の方がまずいのかもしれないとも思う。
見たことのない文様であるし、もしや魔女……義母ソランジュの罠だとしたら。いや、それでも発動しないはずではあるが、念のため。
アベルは珍妙な文様が記されたその服を脱ぐと、ばさりとそのうろに投げ入れる。代わりに自分が着ていた衣装を身につけた。
青のマントは目立つので、丸めて持つことにした。
着替え終わったときに、ぐぅ、と腹が鳴った。水だけで既に三日目だ。狩りをしようにも獣にも出会わない。獰猛な肉食獣も多いため、出会ってないのは幸いか不幸か。
「何か食わないと、身がもたんな……」
森の中を疾走して三日。逃げ出すときに、持ってこれたのは剣と、肌着の小袋の中の金貨だけだ。狩りをするにも自己防衛するにも剣は大事だ。魔法を使えば居場所がばれるしまう可能性もある。
周囲に追っ手が見当たらない今、狩りをしながら進むべきなのかも知れない。
動物が居れば狩り、食べられる野草や果物があれば取っていこう。水もそのうち補給が必要だろう。
アベルは木のうろに近づくと懐から小袋を取り出した。
目印の代わりに、と彼は小袋から金貨を一枚取り出すと、剣で半分に割った。それを片方小袋に戻し、もう片方は奇妙な服の中に入れておく。
「……もしまた現れたときにこの金貨と一致したら同じものだろう」
つまり彼は何者かにつけ回されているということになる。
不気味なものを感じながらも、彼は歩き出した。
出来るだけ早くセリド国を脱出しないといけなかった。既に彼は犯罪者なのだ。
「……父上」
身を切られるような思いで振り返ると、首を振ってまた彼は歩き出した。
振り返ったときのアベルの視界には入らなかったが、その木のうろの中の珍妙な服は、既に消え去っていた。