5 【和葉】 不思議
朝、目覚めて真っ先に和葉はベランダに出た。
そこには豪勢な衣装が乾いてあり、そしてまた袋の中の水はからっぽだった。濡れてすらいない。
「うーん。漏れた?」
それにしてはベランダの床は濡れていないし、不思議なことに布自体もやはり濡れていない。
「何なんだろうこれ。サムリさんってば、不思議なものを」
首を傾げながら、和葉は制服に着替えて居間に顔を出した。
「お母さん、サムリさんてどこに引っ越ししたの?」
近ければ質問しに行ってもいいかもしれない。この布が何でできているのか聞いてみたい。おそらく違うだろうけどあの衣装もサムリさんのものかもしれないし。
「スウェーデンに帰ったみたいよ?」
無理だった。ちょっと訪ねられるレベルの場所ではなかった。
「一昨日のうちに?」
「そうみたいね」
やはりあの衣装もサムリさんのものではないだろう。少なくとも貰ったときに中に何も入っていないのは確認済みだ。
「サムリさんってお仕事何をしてたの?」
手品師、とか何か不思議なことをしているのかもしれない。そのタネの入ってある袋なのだろうか。
何度か遊びに行って色々な話をしていたが、仕事をしているところは見たことがない。
「さぁ……お金はあるみたいだったけど、何をしているのか訪ねたらお偉いさんの秘書みたいなものだって言ってたわよ」
秘書が手品師のはずはないだろうが、しかし解せない。秘書の仕事すらしているところも見たことがない。もしかして休暇中だったのだろうか。……三年も?
「何て会社の秘書なの?」
「それは聞いてないわ」
ううーん、と和葉は悩んだ。
秘書、スウェーデン。不思議な文様と袋。消えた体操服、現れた豪勢な衣装。消えた水。
そして諦めた。
「うん、分からない」
推理と名のつくものは得意ではない。あっさりと諦めて和葉は、部屋に戻り鞄を手にした。
乾いた豪勢な衣装をその袋に入れると、彼女は学校へと向かった。
もしかしたらこの衣装を間違えて入れた人がいるかもしれないし、あるいは入れているうちに不思議なことに体操服が戻るかも知れない。
何度かちらりと袋の中を覗いたが、そこには衣装がそのまま残るだけであった。
* * * * * * * * * *
あふ、と大きなあくびをして和葉は身体を伸ばした。
昼休みの間にふと机の脇にかけた袋をあけてみた。
「……わお」
そこには何もなかった。
豪勢な衣装もなかったし、和葉の体操服もなかった。
真っ白な袋の裏地が見えるだけである。
盗まれたかとも思ったが、先ほどまで和葉は席から離れていない。一体どんな隙をついて袋からあんな変な衣装を盗むことができるのだろうか。着たいのか。確実に目立つに違いない。
悩んだ末、今度はその袋をくるくると丸めて、鞄にしまうことにした。
「……これは色々と試してみる価値はあるかもしれない」
いたずらか、不思議現象か。これは親に見せられない点数のテストを入れたら消えるのだろうか。
……いや、まさかの親の仕業だったら自爆である。やめておこう。
そう結論付けて、和葉はお弁当を取り出すと食べることにした。
このお弁当も袋にいれると、消えてしまうのかとちょっと思ったが、決してやらんと弁当箱をしっかりと掴んで和葉は食べだした。
不思議なこともあるものだ。この袋は入れたものが消えてしまう。かといって、朝にちょこちょこ覗いたように、入れてもすぐ消える訳ではない。
更に言えば消えたとしても、別の物が現れるとも限らない。
スウェーデンでは普通の袋です。いやいや、そんなわけあるはずないだろうと自分で突っ込んで、和葉はタコさんウィンナーを口へ運んだ。