4 【アベル】 現れたもの
青年……アベルはこの夜も森の中を走っていた。
追っ手が来る気配はないが、油断はできない。剣は腰につけ、昨日のままの変な衣装ではあったが、これは大変走りやすかった。機能性が高いのはとても良いことだ。王城にもどったらこの服を量産してもらってもいいかもしれないとすら思った。
が、珍妙であるうえに見栄えがよくないため多分流行らないだろうと一瞬で判断した。また、戻れると思っている自分がおかしくて彼は笑みを浮かべた。
セリド国とユアール国の間に位置するこの森は、獣が出ることもあるため危険な場所である。せめて二人いるならば、交互に見張りも出来るのだが。
ある程度落ち着いたところで、彼はしっかりした太い枝を探し、木の上で眠ることにした。
最低限の金貨と剣、そして昨日追っ手から奪った小さな水袋くらいしか持っていなかった。
走りながら時々飲んでいたので、その水は残り少ない。泉か井戸を探すまで節約して飲まねばなるまいと思いながら水袋を開くと。
「……?」
急に重みが増したような気がして飲むのをやめて袋を見た。
補給した覚えもないのに、水袋はたっぷりと膨らんでいて、中には水が沢山入っていた。
「……なんだ、これは」
不思議には思ったが、アベルはその水を口に含んだ。魔術でも毒でも、彼には効かない。だからこそ直接的に殺してやろうと追っ手がかかるくらいなのだ。
ごくりと喉を潤した水は、何故か不思議と無機質な味がした。
昨夜から何かと不思議なことが多い。思案するように目を閉じると、彼は呟いた。
「……皆は、無事だろうか」
アベルを支持するがゆえに義母に疎まれたり睨まれたりする周辺の貴族や騎士は多かった。彼らがアベルを支えようとする意識は高く、だからこそ彼も王位につこうと思ったし、またそれは実現するだろう未来だった。
しかし今は未来が見えない。
彼は陥れられ、友人達とは散り散りに、彼を守るべき騎士達も殺されたり投獄されたりした。
「運命の女神よ、彼らにどうか祝福を」
彼の呟きは、満点の星空に消えて。
返事が返ってくることは当然なかった。