3 【和葉】 消えた体操服
「あれ?」
高波高校二年生、菅原和葉は、体育の時間の前に袋をあけて、一瞬目を丸くした。
袋の中には何故か、ぐっしょりと濡れた変な衣装が入っているのだ。
「あれ、どうしたの?」
問いかけるクラスメイトに、首を振る。
「いや……体操服忘れちゃったみたい。多分」
少なくともこの文様が刺繍された布袋は確実に和葉のもので、間違って誰かの袋を開けている訳ではないはずだ。
中に入っているはずの体操服を探してみるが、もしあったとしてもこれでは確実に濡れている。
なんだこれは、え、いじめ? と思った和葉だったが、はっとした。
――こんなびしょ濡れの服が中に入っていて、布で出来ているはずのこの袋は少しも濡れていない。
「……ちょっと、体調悪いから今日は体育を見学しとくね」
そう言って笑う和葉であったが、クラスメイトに「確かに顔色悪いね」と言われ、曖昧に頷いた。
* * * * * * * * * *
学校から帰ってきて部屋に戻ると、和葉はベランダでその布を引っ張り出してみた。びしょ濡れのそれをハンガーにかけてみる。
「……マントに、何だろこの服。えらい煌びやかというか、欧州あたりの貴族服か何か?」
青く長い厚みのあるマントには、金色で刺繍がされていたし、中の服は濡れ細っているため小さく見えるが、恐らく乾いたらひらひらとしたスカートのような服になりそうだ。なんとも言えないなめらかな手触りに、和葉はため息をついた。
少なくとも、こんな濡れた布を袋に突っ込むような悪戯をする友達もいないし、家族もそんなことをするはずもないと思うのだが……。
ならばなぜこの中に、こんな服が入っているのだろうか。しかも濡れているのに、袋に洩れないとは。
試しに和葉は洗面所へ行って、袋に水を入れてみた。勢いよく袋の中に流れ込んだ水は、一切外に漏れることのなかった。
「……防水加工済みの、布?」
お隣のサムリさんも不思議なことをするものだ。念のため一晩経っても漏れないか確認するため、その袋も一緒にベランダにつるしておいた。たぷんたぷんと揺れるその袋を見ながら、和葉ははっとした。
「……あああ!」
その時気付いたのだ。
「私の、体操服!!」
もちろん体操服の予備はある、が袋の中には結局自分の体操服は見つからなかった。
一体どこに行ってしまったというのだろうか。更にこの服を説明する理由も全く見つからない。
頭を抱える和葉をよそに、ベランダでは豪勢な衣装と水がたっぷりな袋が揺れていた。