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2 【アベル】 彼と異次元バッグ

 青年は暗い森の中を、月明かりだけを頼りに走っていた。

 彼はぽたぽたと水が垂れる金色の髪を後ろにまとめていて、右手には剣を持っていた。

 目は深い藍色で、その顔立ちはとても整っていたが、今は緊張と焦りで硬い表情をしていた。

 彼は追われていたし、その身にまとった水浸しの高級感溢れる王族の衣装が、足にまとわりついて走りにくいことこの上なかった。


「くそっ」


 舌打ちすると、大きな木のうろに逃げ込む。追いかけていた足音は、戸惑ったかのようにたたらを踏んだ。


「いたか!?」

「いや、多分このあたりに隠れたな。うろの多い場所だし、しらみつぶしに探すぞ」


 青年は息を整えて、自分の服を脱いだ。残るは肌着程度の服になるが、水浸しで重いその衣装よりはましだった。


「……?」


 ふと、肘に触れた木のうろの中に、柔らかい感触があった。

 手探りで広げてみるとそれは変な服であった。手足を通す場所もあるし、大きさは小柄な彼に着られそうな感じではあった。だが平服であったとしても、こんなものは見たことがなかった。

 迷っている暇はない。濡れた衣装で戦うのも、肌着で戦うのもさして差はないが、そこに濡れていないものがあるのならば身に付けた方がいいに決まっている。

 彼はそれを両腕に通すと、その服らしきものの穴から首をだした。胸元になにやら変な文様があったため、一瞬魔術を警戒したが彼ならば大丈夫という自負もあった。その文様は「菅原すがわら 和葉かずは」と書いてあったが彼には読めなかった。同じように下も着替えると、彼は一息ついた。


「……よし」


 青年は剣を抜いて、木のうろから飛び出した。追っ手が気付いた瞬間には遅い。

 彼の剣は瞬く間に、追っ手の背中を切り倒し、もう一人が身構えた時には下からその剣をはじき飛ばした。

 剣の柄で追っ手の頭を殴り倒し、地面に倒れた追っ手に問いかける。


「……俺を王位継承者から追い落とすだけでは足りんのか? 義母上は、どうあっても俺を殺したいのか?」

「……」


 青年を下から見上げた追っ手は、無言であった。

 如何にあからさまであったとしても、黒幕のことを話すわけにはいかないのだ。追っ手は剣を突きつけられても、冷静に言葉を発した。


「アベル王子、いえもう王子ではありませんな。あなたの安息の地は、おそらくあの世にしかありますまい」

「……そうか」


 こんなところで死ねない。死にたくない。

 青年は眉根を寄せると、剣をもう一度振りかぶった。


「では帰ってあの女に伝えろ。お前に殺されるくらいなら、地の底を這ってでも生き延びてやると。セリドの国はお前のような魔女には決して渡さない、とな」


 追っ手の返事を待たずに、再度彼は追っ手の首筋に剣の柄を叩き付けた。

 その場に崩れ落ちる追っ手を、一瞬だけ見て彼はため息をついた。


「……女神ラナよ。これが運命の祝福だとでもいうのか……?」


 彼はさきほどのうろに隠した自分の服を持って行こうとして少し戻ったが、いくつか探してもその服が見当たらなかった。恐らく乱立する木と数多いうろのせいで、隠れた場所を間違えたのかもしれない。

 時間もない。少々奇妙な衣装ではあるが、剣と、肌着の中に多少の金貨なら身に付けている。追っ手の腰についていた水袋を奪って、彼は走り出した。

 その背中には大きく「高波高校」と書いてあったが、恐らくそれを読めるものは誰もいなかった。



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ジャージオージ
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