人間のしぶとさ
私は小暮を初めて見かけた、眩しい陽光の射す橋に来ていた。ふと前方に、見た顔が歩いているのを発見した。確か、遊佐という小暮の友人だ。
小暮の命の灯はかき消え、彼は存在しなかったことになった。精神や肉体は当然のこと、過去にした行動や、人の記憶からも。もう、何も残っていない。
何食わぬ顔で彼の横を過ぎ去ろうとしたそのとき、「あの」という遠慮がちな声に呼び止められた。振り返ってみると、遊佐が私を見て立っていた。
「あなた、どこかで見たことがあるような……。あ、いや、間違いだったらすいません。でも、何か気になるというか。ただ見たことがあるという感じじゃないんですよ。だからつい……」
私は相好を崩して彼に言った。
「さぁ、私には覚えがありませんね。でも、もしかしたらどこか別のところで無意識のうちに見かけていたのかもしれないですね」
彼は戸惑いつつも「そうかもしれないですね」と笑い、何気なく後ろに視線を向けた。
彼の後をついてきていたであろう友人を呼ぼうとするような動作だったが、遊佐はふと我に返ったようで、照れながらも「何でもないです」と話す。
遊佐と別れた後、私は考えていた。遊佐の心に小暮の記憶が残っていたわけではない。それでも彼は、おぼろげに覚えていたのかもしれない。
抵抗することも許されないままに理不尽なことを押し付けられても、形容のできないしぶとさを人間は持っている。それがきっと、私がこれから否定しなくてはならない人間性というものなのだ。
無事、第一章を書き終えました。というより、あらかじめ書いておいたものを順次投稿していただけですが……。
気づいた方がおられるかもしれませんが、キーワード「命の灯」――灯とは明かりということで、光を発するものです。なので、この小説には光を表現する言葉(月の光、灯の光など)を多く配置しました。また、命ということで、人の生を連想させる呼吸(ため息とか、息がつらそうな小暮とか)の描写もやや多めなのです。
初めてこのように小説を書きまして、多々気づかされたことがあります。文才――というよりも言葉の出力法と言いますか、書いている途中、場面に合う言葉を選ぶのにかなり苦労しました……。
私は文章を書くことを「言霊を紙上に並べる」とブログで喩えたことがありました。そのセンスこそが才能なのかなぁ、とも。この第一章は、その点がうまくいったともいかなかったともいえず、何だか少し心残りになってしまいました。第二章はもう少しテーマを強く押し出せそうなので、今後とも頑張ります。




