神さまへの信頼
「うん、ご苦労さま。やっぱり君は優秀だね」
神さまがねぎらう。私は「ありがとうございます」と淡々と返した。
「そういえば、君に言ってたっけ? 今回の可変的な運命を変更しなかったら、彼が何になっていたか」
「いえ、聞いていません」
「彼は近い将来、人の命を奪うことに躊躇いも苛みも持たないテロリストになるところだったんだ。それこそ、史上最悪の人間と揶揄されるほどに。それを今の時点で食い止めた。それが最良の結末だったからだ」
神さまはそう言って、でもどこか他人事のようにあっさりとしていた。
「ねぇ、信じてないよね」
「……」
「わからないのも無理ないか。何回も言ってるけど、可変的な運命っていうのは、予知するとかそういうモノじゃないよ。見えるというよりも、唐突にわかるっていう方が正しい。ときにわからないものもあるから、全部の運命を網羅できるってわけでもないけど」
神さまは球体である。故に彼が何を考えて話しているかがわかりづらい。視線も表情もないからだ。
「……はい、わかっています」
私は半ば反射的に答えたが、それに対して睨んでいるような神さまから鋭い指摘が飛んできた。
「わかってくれてなきゃ困るよ」
普段と変わらない口調だったが、その中に鋭利なとげが仕込まれていた。忠告のようにも受け取れた。彼の言うことを全て信じていなければ、人の命を吹き消して存在を抹消するなんてこと、できるはずが無い。その覚悟をわからせるための彼の言葉だった。
「結果的には、我々のおこなったことは良いことなんだ。可変的な運命において、多人数の幸福が得られる道を我々は選択しているのだから。幸せになる人が増えるのだから素晴らしいじゃないか。君も、もっと単純に考えなくちゃ」
「でも、今回、小暮という人が生きていたところを見てて――」
神さまは軽蔑する口調で私の言葉を遮った。
「さっき言ったよね。『わかってくれなきゃ困る』って。君は一つひとつの件への干渉が過ぎるんだよ。そんなことをしていたら判断が鈍る。それは私にとってよろしくないんだ。理解できなくてもいいから、盲目的にでもいいから、正しいことをしたって信じていてくれないと」
私は黙ってしまった。失礼なことを言ってしまったということを恥じていたためでもあるし、もう一つ、口をついて漏れそうになる反論を心の内に押し込める意味でも。
「いわゆる合理的判断だよ。それが人にできないから我々がやっているんじゃないか」
一通り話した終えた後、神さまは少し沈黙してから、高らかに言った。この沈黙は、私に対する彼なりの慰めの時間だったのだろうか。
「とにかく、君はちゃんと仕事はこなすし、私も高く評価している。次も頑張ってほしい」
そして、ややトーンを落として、凄みを込めて続けた。
「君は、私のような神さまでもなければ、下々に住む人間でもない。どっちつかずの中途半端な存在だ。棲み分けがなされていない君は君個人の力では立っていられない。だったら、私のように合理的に振る舞うか、感情的な側面を持つ人間性を抱えて行動するか、どちらかを真似するしかない。その判断を私は強制できないけど、どっちがいいかは自ずとわかるよね」
彼に顔があったなら、意地悪く笑っているに違いない。何だか人質をとられているような気がして、やるせなかった。すると、神さまは唐突に「そうだ」と言って続けた。
「君のそういう態度や行動は、前任者と比較しても非常に稀なものだ。それをはっきりさせておけば、ある程度受け入れやすくなって、君も仕事がやりやすくなるかもね。まずは形からということで、今から君の立場を『神官』としておこう。神さまに仕える者ということで。いささか堅苦しいかな」
彼は屈託のない風ではあったが、要は「神官」であるうちは、本当の意味で私を信用しないという突き放した提案だった。どうしたら一人前として認められるかは、彼が先ほど言っていた「神さまのように振る舞えるか」にかかっているとも、暗に示されていた。
私は目を伏せてゆっくりと答えた。
「わかりました」
「うん。これからもよろしく頼むね。次の仕事は四年後くらいにありそうだから、そのときまでは自由にしていていいよ」
私はやおら立ち上がり、特に目的もなく雲の端へと歩いていった。家々が規則正しく並ぶさまを覗き込む。
私のおこないが正しいのか、そうではないのか、わからない。何をしたところで答えが見つかることも生まれることもなく、考えたところでそれは無駄な努力であることは明白だ。しかし、そのおこないに人の命が介在するなら、つい考えずにはいられない。そうして、私はこのやり場のない疑問を、思案することで満足させて、深い底に沈めようとしているのかもしれない。
私の心は、暗くて寒い、わずかな足場しかない塔の上にある。突如、無情な突風に煽られてふらふらとバランスを崩しかけている。その理由は、唯一私を支えることのできる足場が徐々に小さくなっているからだ。神さまに対する信頼という足場が。




