終わりのない螺旋
今日はひどく寒い気がする。私の錯覚だろうか、布団に入ってもまだ震えが止まらない。何も音がしないことにも不安を覚えて、テレビをつけっぱなしにする。騒々しい雑音は耳障りだが、ないよりはマシだった。
怜香が呟いた「たくみ」という名前。考えられる人物は一人しかいない。古賀巧巳だ。
私が彼の命を奪って、彼と怜香の間を引き裂いたこと。もはや必要のないものだと自分に言い聞かせて忘れてしまったはずだったのに、思ってもないところから顔を覗かせてきた。
古賀の命を吹き消した瞬間に、怜香の記憶から彼のことはすっかり抜け落ちたはずだったが、なぜ彼女は覚えているのだ。いや、あの言動と様子から考えても、思い出したというべきか。
なんでそう余計なことをしてくれるのだ。私は何の罪もない周囲のもの全てを罵倒する。
古賀を消し去ったあの日、潮の香りに満ちた中で泣き続けた怜香の姿は、私の心を深く、鋭く切りつけた。そして時間をかけてふさがりつつあった古傷を、怜香の回想劇が再びえぐり返したわけだ。信念が砕け散った私にはその傷の痛みを耐えることができない。無様にうずくまっているしかない。
それともう一つ、私を十何年に渡って苦しめてきた疑念がある。
私は古賀と初めて出会ったとき、彼と私は似ていると感じた。それは、背負っている苦しみが同じであると直感し、望んでいることも同質なものであると理解したからだ。
そして彼は探し求めていた願いを見つけ、清々しい顔で私に教えてくれた。
――「生きている」っていう実感だった。一つの命として、一人の人間として。
人間として? そんなバカな話があるか。私は神さまに仕えているんだ。
倫理だの人間性だのが邪魔をして一向に前に進めない人たちに、最善の道を示す。ずいぶんとおこがましい話だが、それが私の役目だ。それなのに人間性に左右される道を望んでどうする。
神さまにも合理的に振る舞う方が身のためだと忠告された。感情論を払拭するための「神官」という立場も与えられた。それなのに私は人間のように生きていたいというのか。
日付が変わり、テレビがドキュメンタリー番組を流し始めた。そこには様々な人が映る。脱サラして飲食店を起業する人、必死に将来を模索する若者、家族を失ってもなお立ち上がる人々など、過去の特集を一覧にしている。運命に抗う彼らからにじみ出てくるなけなしの一言が、私を締めつける。
今朝の散歩中に湧き出た「いっそのこと」に続く言葉。あれは神さまや怜香の前から姿を消してしまおうかと思ったから出てきたものだ。
あのときは、怜香が役目を果たしてくれるようになったら、私はお役御免ですることがなくなるから、居ても居なくても変わらないなという気楽な提案がふと湧いてきただけだと考えていた。
でももしかしたら、私は自分の使命から逃げ出したかったのかも。いつも納得できずにいた神さまの考え方が、積もり積もって私に背任の念を生じさせたのだろうか。それはどう言い訳しても人間性に他ならない。
何を考えても、思考はグルグルと螺旋を描き、結局ネガティブな結論へと吸い込まれていく。もう何もしたくなくなって、布団をかぶり直した。
怜香はまだ帰ってこない。
もう私は、怜香の顔を直視できないかも。私は古賀を殺した。つまり怜香の仇にあたることもあるし、もう一つ、二人の「神官」――一方は何とも情けなくうずくまり、一方は輝かしい未来を目指している。私はそんな滑稽な姿に耐えられない。




