表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ともしび  作者: れとろそふと
第四章
29/37

デジャヴ

 私は怜香を制止した。誰かがあの扉の向こうに立ち、話を聞いている気配がしたからだ。蝶つがいが軋み、白い扉が大きく開かれる。

 そこには黒髪の女性がいた。ベージュのスーツを着て、小さなバッグを肩から下げている。顔のほりは浅くて肌がとても白い、落ち着いた感じの人だった。

 そして、左手の薬指に質素な指輪が輝いていた。

 切れ長の目が真っ先に私を見る。次に怜香へと順々に視線を変え、そして壁にもたれかかっている重波を見た途端、顔を一気に紅潮させて駆けだした。バッグを投げ捨て、私たちなど見えていないように一直線に彼へと向かっていき、呆然と立ち尽くしている怜香を突き飛ばして重波の肩に掴みかかった。

「ちょっと、これ、どういう状況なのよ!」

 重波を強く揺さぶる。その口調は激しく怒っているようだったが、表情は重波を心配してからか涙ぐんでいた。重波は肩を掴み返して必死な形相で答えた。

「由加。僕もわかんないけど、なんか、僕を殺すって」

 二人そろって私たちを見た。彼らは寄り添い、非難するようにこちらを睨みつけてくる。室内の薄明かりが彼らの顔に影を作っている。圧迫している不安とそれに抗う決意を、濃く浮き上がらせている。

 由加と呼ばれた人物。この部屋を見た彼女は、おそらくとてつもない速さで状況を飲み込んだのだろう。一見しただけでは様々な可能性があったはずだが、重波が窮地に立たされていること、私たちは危険な人物であること、彼女はそれらを一瞬で見抜いて彼をかばったのだ。驚くべきしたたかさである。

 重波を守る理由――彼女はおそらく重波の婚約者である。

「何なんですかあなたたちは。悠斗に何でこんな仕打ちをするんですか」

 由加は、まるで重波を守ろうとするかのような凄みのある口調で言った。由加に突き飛ばされて倒れこんでいた怜香と私はその勢いに圧倒され、言葉を失う。小さい体で新たな夫をかばおうとするその様子はとても気高く、果てない強さを持ち合わせていて、私はその姿を見て息をのんだ。そして重波は、彼女が来てからというもの落ち着きを取り戻して、しかと私たちを見据えている。

 彼らから断ち切ることのできない繋がりを感じ、私は強く歯噛みした。この状況はどこかで見たことがある。私は仲睦まじい二人を引き裂く真似を、再びしなくてはならないのか。苦い感覚が体を駆け巡る。

 なんでこんなつらい状況になってしまったんだ。それは、私の甘さのせいではないか。私は体の中に不穏なものが生じて、自身を責め始めた。

 もうこりごりだった。古賀の命を吹き消してから、もうこんな心を滅多刺しにされるような思いはしたくないと、ずっと願っていて、警戒して、自分のもろい部分を守り続けてきた。だけど神さまに仕える立場はそれを許さない。心を殺す痛みは、絶対に逃れられない宿命だったのだ。こういうのはもう嫌だ。

 頭を抱え込んで、行くあてのない感情が溢れ出てくるのを必死に抑える。まだ仕事を果たしていない。心を乱すな。落ち着け――

「たくみ?」

 息が止まった。遠く放たれ響き渡るきれいな声が私の喉を潰して、呼吸ができない。ゆっくりと時間をかけて頭をもたげると、幼い怜香の顔が映った。

 口は半開きとなり、目が大きく見開かれて、小さくなっている重波悠斗と由加を見つめている。その目から顎筋にかけて光る水跡の筋が見えた。怜香から細かい息が漏れている。

 ――たくみ。

 耳を疑った。

 ――なんでこの場でそいつの名前が出てくる?

 混乱したまま体を完全に起こすと、突如違和感を覚えた。足が震えて立っていられない。私はフラフラするのを止められず、大きく後逸して壁に背中と後頭部をぶつけた。ゴンと鈍い音がしたが誰も気づかない。壁伝いに、必死に体を安定させる。

 おかしい、部屋が回っている。すぐ横に飾ってある額縁も観葉植物も、怜香もそこにたたずむ新婚夫婦も右へ、左へ、大きく揺れている。ホワイトアウトの中にでもいるように自分がどこにいるのかがわからなくなってくる。

 ――そうか。この現象の正体が唐突に判明した。

 これが、古賀が言っていた「風景が歪む」ってやつなんだ。

 口が不気味ににやりと引きつった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ