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ともしび  作者: れとろそふと
第二章
18/37

神奈の負う責任

「それで、君は連れてきたわけだ」

 神さまと私の変わらぬ立ち位置の横に、怜香がいた。きょろきょろと興味ありげに周囲を振り仰いでいた。海を前にたたずんでいたときの憂愁は、今や微塵も感じられない。やはり、記憶は失われてしまうんだ。

「聞きたいんだけど、なんで連れてきたの? 理由を訊きたいね」

 神さまが言った。当然、訊かれることは予想していたが答えは何も考えていなかった。

「……彼女を独りにしてしまうことは、酷だと思ったからです」

 なくなく、正直に返答することにした。

 客観的に見たら何と安易な思いつきであろうか。今後のことを何も考えてはおらず、ただ「連れてきた」とは滑稽だ。しかしここへ連れてきてしまったのならば、できることは一つだけだった。

「この子を、私と同じ『神官』にしてくれませんか」

 ダメ元であった。そんな私のワガママは難癖をつけられて、バッサリ否定されることばかりを予想していた。そう思うと神さまの方を向くことができない。

 神さまは、ふむ、と言って、身体を揺らめかせて怜香に近づいていく。

 当の怜香は、神さまをてっきり「スピーカーのようなもの」と思っていたらしく、本物――すなわち声の主はきっと、もっともっと遥か彼方の自分たちには全く手の届かない所にいるものと想像していたようだった。だから、「スピーカー」が勝手に動いて自分を観察していることにびっくりした様子だった。そこで神さまは一言だけ述べた。

「神さまなんて、こんなものだよ」

 それを聞いた怜香は、そんなものか、とあっさり納得した。

「だって、かみさまなんでしょ? きっと、なんでもありなんだよね」

 神さまと言う名前は聞いたことがあるだろうが、見たこともないならどんな形であっても不思議ではない。なぜなら神さまだから。

「怜香ちゃんって、賢いね」

 にやりと笑うような声で、私を向いて言った。すると怜香が割り込んできた。

「『怜』って字には、かしこいっていういみがあるんだよ」

 自信満々に言い放つ。へぇ、と神さまは聞いていた。しかし、あることに気付いたのか、ふと動きを止めた。

 始めは気にしていなかった。普段だってそんなに動く方ではないし、目新しい反応ではなかった。だが今回のものは異様だった。周囲の寒色で彩られた煙もピタッと止まり、上方へ立ち上るだけ。その間ずっと怜香に見入っていた。私はそこに、空気が凍りつくような圧迫感を覚えた。

 怜香も、始めは興味津々に神さまを見返していただけだったが、彼の沈黙に気圧されて我慢できなくなったようだ。目が泳いだり、私の方をちらちらと見たりしていた。

 ほんの数秒のことだったかもしれない。でも、体感した時間はもっと長かった。

 神さまは唐突に目線を外し、私の方を向いた。

「いいよ」

 あっけらかんと許可した。それは彼女を「神官」にするということですか、と訊ねると、そうだよ、とすぐに返答してきた。

「君がそうしてほしいと言ったんだ。『神官』とすること自体に特に問題はなさそうだし、別に構わないよ」

「神官」にすることを認めた決定打はなんだったのだろうか。訊きたかったが、その決定が私や怜香にとって繊細で壊れやすそうなものの気がして、触れることはせず、そのままにする方が無難だと思った。そして、掘り起こすのをやめた。

 神さまが話題を変える。

「『神官』にするって言ったって、この子は六歳といったところか。どう考えても仕事を遂行できないよね」

「はい、確かに……」

 そういう問題も含めて神さまは許したはずだ。彼はどう考えているのだろうか。

「だから、その子が仕事を果たせる年齢に成長するまで君が面倒を見てあげて。まぁ、それが本件の条件ってことになるのかな」

 それだけですか、と不意に声が漏れた。ちょっと信じられない話だ。

「君も持つ『命を抜き取る力』を今の彼女に与えると、成長や老化が遅れる体質も否応なく付与されちゃって、小さくて頼りない『神官』が出来上がってしまう。それじゃ意味がないから、しばらくはそのままで成長するのを待とうと思う」

「教育とかはどうするんですか。私の場合は、ある程度教養を身につけた状態で神さまに仕え始めたのですから、わけが違います」

 神さまがやれやれといった風に言い返す。

「あのね、この子は君が連れてきたんだよ。そばにいてあげる義務があるからと言って。義務と言うのは責任だ。つまり、君が全ての責任を背負いますというふうに宣言したようなものじゃないか」

 事実を突き付けられて、納得せざるを得なかった。つまり私が彼女を教育するということ……? 全く実感が湧かない。そんな煮え切らない私に神さまが強めに続けた。

「やるの? やらないの?」

「……やります」

 半ば投げやり言ったのは、そう言うしか選択できなかったからだ。自分が望んだことのはずなのに、なぜこんなにも淀んだ気持ちになるのだろう。

「大丈夫、仕事は十年くらいは頼まないから。十年後というと、怜香ちゃんは十六歳。ちょうどいいじゃない」

 ――あぁ、頼まれないのか。ぼうっと神さまの言葉を繰り返した。

「その後は、君の仕事に同行してもらったりとかして、要領を得てもらう。怜香ちゃんは人懐っこそうだし器量もよさそうないい人材だ。もう議論の余地はないように思えるが」

 確かに。それでも何か心に引っ掛かるものがあるのはなぜだろう。今度ばかりは、話の核心を突き止めるために疑問を奥まで掘り進めて、一つの質問を引っ張り出した。

「これは、合理的な判断なのですか?」

 神さまはいつも通り、揺るがない確信をたたえながら答えた。

「当然だよ」

 そしてそそくさとどこかに行ってしまった。これもまた珍しい。

私と怜香はその場に残されて、呆然と互いを見合うしかなかった。どちらも同じ不安を抱えたまま。

 ――これから、どうすればいいんだろうか。

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