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ともしび  作者: れとろそふと
第二章
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残された者たち

 古賀はこの状況を見くびっていたようだった。私が力の弱そうな華奢な女性であること、自分はどんなことをされても死なない人間であること、それが優位であると信じ込んでいた。しかしそんなことは私には関係ない。

 私の手のひらと古賀の胸の境から薄い青色の光が放たれる。古賀は石膏のように硬直し、発光の様子を目を大きく開けて見つめていた。危機を感じて逃れたくとも逃れられないのだ。身体の末端から魂は根こそぎ抜き取られて、動かせなくなってくるから。

 古賀から私の右手がしなやかに外れた。すぐさま古賀と距離をとって、改めて彼を見つめる。

 古賀は力が入らなくなった膝を曲げて、草の上へ崩れ落ちるように座り込んだ。背中を丸めて人形のようにクタッとうつむいている。意識がもうろうとしているはずだが、それでも歯を食いしばって懸命に顔を上げて、私の右手にある光を見据えた。

「そ、それは……」

 息も絶え絶えの様子で訊いてきた。さっきまで彼がたたえていた明るさはすっかり抜き取られて影をひそめていた。彼のすべてを私が持っているからではあるが。私はその様子を見ていたたまれない気持ちになった。強引に命を抜き取っておいてそんな考えをするなんて傲慢極まりないと、私は私自身を否定したくなる。

 音もなく古賀に近寄り、手のひらの上でゆらゆらと浮かぶ光の粒が見えるようにと膝をついた。地面はごつごつとした石だらけで、座るとチクリと痛い。

「これは、あなたの『命の灯』」

 私は溢れる感情をこらえた。私は古賀の命を抜き取った「神官」だから、弱みを見せるわけにはいかない。

「あなたが人間であるという、もう一つの証」

 キラキラと点滅して、生気が失われた古賀の眼を青く、白く、輝かせる。

「命……? これが、オレの……?」

 きれいで、よかった、と古賀は呟いた。

 まるで力がなく、目は黒い影に覆われつつあったが、この煌々と光る灯は見えているのか。私はそう疑問に思ったのもつかぬ間、実は私も今、そんな死を間近にしたやるせない眼をしているのではないかと怖くなった。それほどに、今にも倒れそうになっている古賀を前にした苦しみは、とても耐えがたいものだった。

「オレはやはり、死ぬのか……。あんなに望んでいたのに、今さら怖いと思っているんだ。バカバカしいよな」

 古賀はなけなしの声をひねり出した。切ない口調で続ける。

「怜香は……?」

 この期に及んで、自らの心配よりも彼女のこれからを懸念していた。もうそばにいてあげられないという無念が、唯一彼の中にとどまった不安であるように。

「オレは、もう怜香と一緒には、いられないんだよな」

 古賀が私をジッと見つめる。

「お願いだ。あの子の命だけは奪わないで。オレはあの子を未来に託すことを願っていたんだ。だから、そんな酷なことは、しないで」

 私は力強くうなずいて固く約束した。それを見て、微かな力すら抜けてしまった古賀は冷たい地面に倒れこみ、空を仰いだ。

 呆然と立ち尽くす私をよそに、虚しく吹き荒れる風は古賀の灯をかき消していく。ほのかに輝いていた氷塊が砂のように舞い上がる。灰色の雲も同じく風に流されて、陽光が垣間見えた。光が射した古賀の体は、輪郭が少しずつぼやけていくのが見て取れた。

 そのとき、古賀に近づいてくる影があった。

「たくみ!」

 声を張り上げて怜香が駆け寄ってきた。つんのめるように足を前方につきだし、草花を蹴り飛ばして必死に走る。大粒の涙を拭うこともせずに、一直線に向かってくる。

 大の字になっていた古賀がそちらに視線を向け、目を細めて言った。

 ――怜香、愛される人になってくれ。

 怜香が古賀の元にたどり着くよりも先に、彼の身体は空へ霧散し、跡形もなく消えてしまった。怜香は、古賀が倒れこみ、潰れてしまった草の上に飛び込んだ。

 ぬくもりが残ったままの地面の上で幻を抱えて丸まり、声を押し殺して泣いている。土とおでこをくっつけて、ひたすら嗚咽を漏らしていた。

 古賀の身体が消えた瞬間に、怜香の記憶からも彼の存在は消えたはずだった。しかし、まるでそれが彼女を呪う使命であるかのように、怜香は延々と泣き続けた。

 私は静かに彼女に近づいて、そっと抱きしめた。

「ごめんね。ごめんね」

 震える彼女の服を力強くつかんで、何度も何度も謝罪を繰り返した。


 しばらくしてようやく怜香は泣くのをやめた。それでもまだ体中を振るわせて、不安に満ちた表情をしていた。

「おいで」

 彼女を誘ったが、うつむいたまま返事をしない。仕方なく私が彼女の手をつかんで引っ張ると、ふらふらと立ち上がり、指示に従って歩き出した。

 私たちは手をつないだまま五分くらい歩き、陸の先端までやってきた。そこには古賀と怜香が目指した広大な海が広がっていた。

 潮の鋭い香りが鼻を突き、雲の切れ間からさす黄色い光が水面をチラチラと照らして、清閑な風景を私たちに見せている。ただ、水平線に消えていく水の塊以外にはなにも見当たらないことが、砂埃の舞う閑散とした景観を思い起こさせ、ひどく虚しかった。心が満たされない。

 ――これからどうしたものか。怜香をどうすればいいのか。

 怜香は隣で、私と同じく海を見つめている。

 古賀との約束を破ろうとなどは考えなかった。それだけは絶対にしてはならないと心に決めていた。彼女には誰かがそばにいてあげないといけない。その義務を負っているのは……。

 私は、彼女の手を力強く握った。

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