歪む風景
「十五年くらい前になるのかな。オレは友人を事故で失った」
オレは、目の前にいる神奈の様子など気にも留めず、勝手に語りだした。背後にいる怜香もこの話を聞いているようだ。
「オレは当時、ここよりもずっと治安が良く、発展した町に住んでいた。そこはインフラの整備もかなり進み、車も縦横に走っていた」
そのころは、まだ体の特異性についてはっきりとはわかっていなかった。周囲もオレを、ケガをしない丈夫な子どもだと思っていた。実際は、人前でケガをしたことがなかっただけで、とても正常とは思えない治癒能力を目の当たりにした人がいなかっただけだった。それはある意味幸いで、普通の人となんら変わらない生活を送ることができた。
しかし、あることがその生活を一変させた。というより、オレの心を突き崩した。
ある日、友人と一緒に近所の商店街に買い物に行こうとしていた矢先だった。オレたちは交差点で車の事故に巻き込まれた。運転者が右折する際、横断するオレたちを見落としていたのだ。車とぶつかったオレたちは道路の中央に転がり、その上へと無情にも車が迫ってくるのを目に焼き付けたところで、オレの記憶はぷっつりと切れた。
その事故で友人は死に、オレは生き残った。そして、オレが死なない人間であることも知ってしまった。
そのときオレは痛感した。オレと友人は一緒に遊んでいたのに、一緒に生活していたのに、実は全く違う存在だったのだ、と。普通の人だった友人は事故に巻き込まれて死んだ。でもオレは生き残ってしまった。人として普通じゃなかったから。
それをきっかけに、オレという「人」を否定された気分が心に染み入り、徐々に広がり始めた。普通の人とオレを隔てる大きな溝を、否応なしに見せつけられたと思った。死んだ友人に対する罪悪感も、その苛みを助長させた。
そんなことを思案しながらオレは何日か入院していたが、考えるのがもう嫌になっていた。そして病院を抜け出して町へと出た。すると、事故の以前と風景がまったく違って映った。
「風景、が?」
神奈が口をはさんだ。相変わらず曇天の空は、周囲に重い灰色を落としている。
「そう。もし周りにいる人たちがみんな死んでしまうようなことがあっても、オレだけは死なない――その考えが否応なく頭の中を占めてくるんだよ。頭上から大きな看板が落ちてきても、近くで大規模なガス爆発が起きても、オレだけは平然としていられる。普通の人を見れば見るほどオレの異質さが怖くなってきて、ますますオレが『人』じゃないように思えてきた。そのとき、本当に風景が歪んで見えたんだよ」
みんながオレ侮蔑の視線を向けて、雑踏はオレを不気味に嘲笑う声だ。町中の全てを懐疑した。
「オレはその町を逃げ出した。そして、オレが人間であることを証明するための何かを探すため、旅を繰り返した。ずっと実家には帰らなかったため、しまいには両親と連絡が取れなくなっていた」
でも、どう証明すればいいかもわからず、当てもなくただ各地に飛んでいくうちに、徐々に治安の悪い地域へ行くことが多くなってきていたことにオレは気づいた。
オレが人ではないという疑問は死なないことに起因している。ならば人の証明をするためには、命のやり取りが必要なのではないのかという邪推が生じていた。それは命を軽視することではないかという後ろめたさもあったが、足は吸いつけられるように戦場へと向けられた。そこで人の生き死にを見ていくうちに、死ぬことができれば、それがきっと人間の証明になるはずだと、根拠のない思いに頭が持っていかれていた。
「それが、私の前で死を望んだ理由?」
神奈はすでに、怒りの目つきではなくなっていた。純粋にオレの話を聞き、その意味を捉えようとしているのがわかる。オレは話を続けた。
「そうだ。でも、オレはその死のにおいに満たされた土地で怜香と出会ったんだ」




