さみしかったんだよ
≪コーヒーブレイク≫
この小説について、『一章の舞台が都市だったのに、何でいきなり砂漠になってるの?』という疑問がありました。言い訳がましいのですが、一応、バックボーンはあります。
一章の都市は東京周辺、二章の砂漠は鳥取県周辺です。
「じゃあ鳥取砂丘の中かよ。観光目的の銃撃戦(笑)」いやいや、違います。ちゃんとわけありです。
将来、地球の砂漠化が進むと、日本も砂漠にのまれるそうですね。ゴビ砂漠から悪手が伸びてきて、日本海を越え、日本列島に達するらしい。
私はそれを参考に、西日本を砂漠に変えてしまいました。西日本にお住いの方々、ごめんなさい。ちなみに2017年現在、私は西日本の人間です。ともに砂に埋まりましょう。
「じゃあなんで東京は無事なのさ。西日本を砂漠に沈めておいて(怒)」お答えしましょう。それは、飛騨山脈を代表とする、日本アルプスの山々が偏西風を遮り、砂があまり流れてこない、という設定だからです。東日本はかろうじて砂漠化をまぬかれている状態なのです。しかし、砂漠にのみこまれるのも時間の問題でしょう。
無論、この砂漠化により、日本の西と東で治安に差が出てきました。西は土地の価格が暴落し、かたぎでない団体が闊歩する魑魅魍魎の地と化してしまいました。銃撃戦はこのためです。
こういう設定を、ちゃんと小説内で説明すべきだったのでしょうが、このときの私はいわゆるフロム脳(わからないひとは調べてね。ちなみにダクソの方ではなくACの方です)で、読者に想像の余地を与えようと思っていました。しかし、あまりに情報が少なくなってしまったため、このような弁明のかたちとなりました。申し訳ございません。
その他、わからないことなどがあれば、ご連絡いただけると幸いです。
辺りは静寂を取り戻していた。激しい銃声は影をひそめ、数時間前と同じく砂埃がざらざらと舞っていた。背中を丸めて横たわっていたオレは、重い体を起こして立ち上がった。
そして、あの特徴的だった白い影を探して、周囲を歩き回った。
――あの銃撃に巻き込まれたか。
そんなはずはないと、おぼろげにではあったが確信していた。そんなやわな存在であるはずがない。
オレは死体のふりをしてあの場をやり過ごした。その間も何発か流れ弾に当たり、戦闘が終わった後も、生きているかの確認のためだろうか――さらに何発か撃たれた。そんなことをしたところで普通の人とは「つくり」の違うオレが死ぬことはない。フッと顔をひどく歪めて自分を嘲笑った。
やはりオレを消滅させてくれるのは、あの女性しかいないのだろう。いつの間にかそう思って疑わなかった。
オレは彼女が身を隠しそうな建物の残骸や、もはや前がどんな形であったのかもわからないような、がれきの隙間を見て回った。しかし、彼女は一向に見つからなかった。だがそれは光明のしるしでもある。
彼女の影も形も見当たらないということは、死んではいないということでもある。その考えを頭の中で何回も繰り返しながら、オレは必死に白い影を探し回った。
足元のがれきに少しばかりの空間を見つけた。覗き込もうと、直近の壁に手をついて身をかがめる。すると、カラカラと軽妙な物音が聞こえる。
――この音はどこからしている?
と考えたのもつかの間、急に手の支えがなくなり、オレはバランスを崩して硬い床に倒れこんでいた。手をついていた壁が、崩壊の音を徐々に大きくしながら跡形もなくなろうとしていた。
その現場を目撃した瞬間、慌てて後ずさりした。必死に足掻いたことが幸いして、何とか壁の崩落に巻き込まれずにすんだ。崩れゆく壁は段々と収まりを見せ、元のカラカラという音を残してすべて止まった。
オレは安堵のため息をついた。死なない体をもってしても、怖いものは怖いし、驚いたときには体を必死に動かしてその場から逃げようとする。
息が整うのを待ってから、体をよじって片足を立てた。そしてオレは、あるものを視界に捉えた。
ボロを羽織った子どもが、呆けたように立ち尽くしていた。五、六歳くらいの女の子だった。オレが起こしたさっきの騒ぎの様子を見に来たといった感じだ。埃をかぶった黒い髪は肩くらいまで長さがあり、顔の大部分を覆って暗い雰囲気を放っていた。
膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がって周囲を見渡してみたが、オレとこの子以外には人影は見られなかった。苦笑いして頭をポリポリと掻いた。
「……君、どうしてここに? お父さんとか、お母さんとか、いないの?」
中腰になって女の子の顔を覗き込んで訊ねた。彼女は瞬間的に目を伏せたが、しばらくして顔を上げてオレを見据えた。崩れた壁から差し込む光が、大きな眼をキラキラと輝かせていた。
「わかんない」
大きな声で答えた。しかし大きな声とは裏腹に、その言葉には失意の感情が乗っていた。縮こまって微かに震えていた。
こんな荒れ果てた土地である。両親を失って孤児となった可能性は高い。
「わかんない……。そっか、わかんないか」
オレはどうしたらいいかわからなくなった。散々迷いながら、首に手を当ててグリッと回したり、背筋を伸ばしたりしてみた。当然、そんなことをしても答えなど出てこない。
――ふむ、どうしたものか。
ふと、着ている服が引っ張られていることに気がついた。目を向けると、女の子の小さな手が必死にオレの服を握っていた。その様子を呆然として見ていたところ、彼女はみるみるうちに目に涙を溜めて、歯を食いしばって泣き始めた。微かな声で何かを呟いているのが聞こえた。
「さみしかったんだよ」
何でそんなこと言うんだ。何度も漏れ出るその言葉はオレに訴えかけているものなのか。もしかして、オレに助けを求めているのか。銃声が響くこの土地で、武器を持っていないオレが、唯一の心を許せる人であると感じたのだろうか。
――さみしかったんだよ。
その言葉は、本当にこの子から発せられたものかと信じられないくらい、重くてきつかった。
この子はどのくらいの期間、一人きりだったのだろう。きっと流暢に話ができるようになり、たくさんの興味が湧き始めた矢先に失われたであろう両親。ここで初めて発した大きな声はおそらく、話し相手がいないまま声のボリュームの調整をすることを知らずに生きてきたからなのかもしれない。
そう思い始めたら、なおさら放っておくことができなくなった。
「えーと、君、うーん、どうしたい?」
散々悩んだ挙句、どうしたいか訊くなんて、こんな子どもに答えられるわけがない。オレは何をしてるんだ。彼女は変わりなくすすり泣いている。
この悪しき環境が生み出した悲しい子ども。この子は、小さな背中に理不尽な苦しみを背負わされている。その苦しみや泣きたくなる感情は、本来大人が代わりに抱えるべきものなのに――
オレは決心した。そしてそっと彼女の肩に触れた。彼女は顔をあげ、その涙ぐんだ目とオレの目が重なった。オレは可能な限り優しく諭した。
「ここは危ないから、安全なところに、一緒に行こう」
うん、と彼女は素直にうなずいた。
服にしがみついて泣きわめく彼女を、オレは愛おしいと思った。独りぼっちのこの子の傍にいてあげたいと願った。とめどなく体の中を流れる感情に、身を任せることにした。




