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ともしび  作者: れとろそふと
第一章
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眠れない夜

 こちらの作品は、私の初投稿となるものです。至らないところがあるかもしれませんが、いい作品になるよう頑張ります。

 運命はすでに決定されている。さしずめ方程式を解くように、未来は問題として示され、現在に解が導き出される。しかしときに、運命が複数に分かれる点「可変的な運命」が存在する。普段はより自然な選択が無意識のうちになされる。だがもしもその選択を強引に変えたとしたら、その代償として「命の灯」は煌々と燃えさかり、そして跡形もなく消え失せる――



 ガタガタと、風が強く窓を叩いている。横になっていた僕は額に手を当てながら、真っ暗闇の中でその音を聞いていた。

 ――今夜も、眠れそうにない。

 肺に溜まった重たい空気を吐き出し、ふと時計に目をやる。夜中の二時半を回ったところだ。僕はおもむろにベッドから起き上がり、ダウンジャケットを羽織った。

 僕は、僕自身が眠れない理由を知っている。

 冷たい床をひたひたと歩いて玄関へと向かい、靴を履き、外に出た。雲の隙間から顔をのぞかせた月が、周辺の家々を青く照らしていた。そしてその光は、僕の左手に見える山の稜線をもくっきりと浮かび上がらせていく。

 アパートの階段を下りて、その山に向かって歩き出そうとしたとき、不意に後ろから強烈な寒さを纏った追い風が吹いた。悪意を持った誰かに背中を押されるような感じだった。僕は、焦燥に駆られて走り出した。

 僕の、眠れない理由がある場所に。


 僕の高校入学の早々に、過労がたたったことが原因で母は他界した。一時は母方の祖父母に引き取られたが、無理を言って、仕送りをしてもらいつつ一人暮らしをすることを決意した。転校したくはなかったから。


 学校での昼休み、机の上で腕を組んで顔を伏せていた僕に、一人の生徒がひょこひょこと陽気さを振りまきながら近づいてくる。遊佐だ。僕を見るや否や首を傾げて訊いてきた。

「おまえ、今日も授業中に寝てただろ。夜、ちゃんと寝てないのか」

「うん。まぁ、そうだね」

 僕がそこそこに返答すると、遊佐はさらに詰め寄ってきた。

「心配事があるとか」

「いや、そういうのじゃないから」

 無愛想にそっぽを向くと、遊佐は訝るように目を細めた。

「そういうのって、何だよ」

 僕は言葉に詰まり、その質問に答えられなかった。――大したことじゃないんだ。そう思うと、遊佐が心配してくれることが申し訳なく感じられた。はたから見たら態度は悪いが、窓の方を向き、関心が無いようにただただぼうっと外の景色を眺めている方が気が楽だった。

 一連の会話で、僕の様子がますます悪くなっていくように感じたのか、遊佐が口を開いた。

「オレたち、まだ高一だぞ。何が心配だってんだ。まだまだ将来を悲観するのは早すぎるぞ」

 ケラケラと笑っている。「今日、暇か? 遊びに行こうぜ。忙しいから無理だなんて言わせないからな。授業中に寝てるやつが忙しいわけがないしな」

 そうだな、と僕は答え、遊佐につられてニッと笑った。しかし、顔の筋肉が硬い気がして、うまく表情が作れなかった。その顔のまま「じゃあ、また放課後」と手を振る遊佐に、同じく手を上げて返答した。

 いつもの会話がなぜかとても奇妙に感じられた。


 放課後、僕たちは大通りを駅に向かって歩いていた。少し前を歩く遊佐は、ニコニコしながら他愛のない話をしてくる。その様子は不自然なくらいに明るい。どうにかして僕をいつもの調子にしてあげたいという気遣いがにじみ出ていて、それがますます僕を気落ちさせた。

 ――本当に、大したことじゃないんだ。

 遊佐に弁明しようとして口を開くも、出てくるのは、ぼうっとした頭から落ちてくる憂鬱が絡まったため息だけだった。口元を白くぼやかして、形を成すこともなく空に溶けていく。情けない気持ちでいっぱいになりつつも、僕は遊佐の後を追っていた。

 駅へとつながる橋を渡ろうとしたそのとき、ピリッと、頬のあたりで何かが痛む気がした。手を当て、周囲をきょろきょろと見渡す。顔をあげると、雲の切れ間からさす陽光に照らされた向かいの歩道から、誰かが僕たちを見ていた。いや、僕を見ていた。

 白いロングスカートをはいた、ショートカットの若い女性だ。黒水晶のような鈍い光を纏った目。鋭い視線で、ジッと観察するように僕を捉えている。

 目があった瞬間、体の底から得体の知れぬ恐怖が沸々と湧き出し、僕から血の気を奪っていく。指先が痺れ、足元がおぼつかなくなる。今まで感じていた遊佐に対する申し訳なさも、体中にたまった冷たくて重たい空気も全て彼女に気圧され、彼方に消し飛んでいく。

 何もかも見透かしたような眼が僕の意識が吸い込んでいく――そして、唐突にひらめいた。もしかして、あいつが――

「誰あれ。知り合い?」

 遊佐が飛びかかってきた。思いのほか僕の反応が大きかったようで、「おぉ、大丈夫か」と遊佐は改めておずおずと声をかけてきた。

「いや……」

 遊佐が視線を向けると、顔をしかめていた彼女は口元を緩めて、会釈するようにお辞儀をした。そして、脇道へと逸れて見えなくなった。橋の周辺は再び厚い雲に覆われ、いつの間にか彩度を落として暗い雰囲気になっていた。遊佐が訊ねた。

「いやって、ホントに知らないのか? 何か意味ありげな感じだったからさ、彼女か何かかと思ったよ。お前、年上好きだったんだな」

「そうじゃないって!」

 つい声を張り上げてしまった。僕の異様な勢いに圧倒された遊佐は「いやいや、冗談だから」と弁解する。その様子を見て僕は我に返り、途端に恥ずかしくなった。うつむいて呟いた。

「あ、そんなつもりじゃ、ないんだ。ごめん」

 少し間をおいて、遊佐が笑いかけてきた。

「おまえ、寝てないからだよ。きっと本調子じゃないんだろ」

 周囲を満たす不吉な空気を吹き飛ばそうとするかのごとく、遊佐が突然駆け出し、後ろを振り返りつつ僕に向かって叫んだ。

「バッティングセンターにでも行こうぜ。ちっとは疲れりゃ、眠くもなるさ」

 ああ、と僕は返事をし、駅前のバッティングセンターへと走り出した。

 だけど、バットを振っていても、何もスッキリとはしなかった。そのとき僕の頭を占めていた不安が入り混じった思いは、僕を恐怖に震わせ、呼吸を荒くさせ、脳を覚醒させ続けた。遊佐にそれを悟られないようにと無心にバットを振り回した。無論、バットは何度も空を切った。

 日が暮れ、僕たちは「じゃあな」の挨拶もほどほどに別れた。その後僕は、どうやって家にたどり着いたのかもよくわからないくらい、あれこれと思考していた。いや、考えていたのではなく、あえて頭をからっぽにし続けていたのかもしれない。本当は考える必要などなくとうに答えを出していて、その覚悟を固めるため、不安を感じないための防衛手段としてそうする必要があったのではないのだろうか。

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