7.俺とギルド
時間にすると大抵の家庭が夕食を準備し始める時間、所望夕方だ。そしてマスターの個室でお茶を飲んでいる。ギルド『黄昏の森』に来てからは本当にみんなから良くしてもらっている。あれから日がな一日マスターとお茶をしながらデスクワークの見学をしている。
見学といっても書類の最終確認をして判子を押すという単純作業だが内容が不備の報告だったり、依頼元の情報が少なすぎればギルド員の安全が保障できないためより細かな情報を必要とする場合調査専門のギルドへ依頼を回す。それからやっと依頼が黄昏の森に回ってくる。
ギルドなんだから調査を含めて仕事をしないのかと疑問に思ったが、命あっての物種だし依頼者からの信用問題にも繋がるため無用に依頼を受諾するわけにもいかないのだと簡単に説明してもらった。簡単にだからもっとごちゃごちゃとした問題があるのだと思いそれ以上聞くことはしなかった。
黄昏の森の依頼成功率はほぼ100%と他のギルドには類を見ない驚異的な数字を叩き出している。逸れもこれもギルドマスターのおかげと言える。しかし、良く思っていない他のギルドもあるみたいで臆病者だとか保守的すぎるだとか悪口を言っている輩もいるのだとか。でも簡単に命を散らすことは俺にとっては馬鹿らしいと思う。死んだ者の恨み辛みといった叫び、生への執着しようとする魂が俺には見ることも聞くこともできるから、黄昏の森のマスターがどれほどギルドを思って慎重になって依頼を受けているのかもわかっている。
そろそろ階下が夕食を食べに来る人たちの声でうるさくなってくる頃だろう。チラリとマスターを伺ってみると目が合った。温和な顔を見るとほんわりと温かくなってとても安心できる。この人は俺のことを聞いてからギルドに取り込もうとしなかったし今も保護してもらっている状態。
『武装』ができるということだけで躍起になって俺をギルドに縛り付けるんじゃないかと、俺のことをしべってから後悔した。でもそんな心配は杞憂に終わって、あれからマスターにべったりになってしまった。今まで家族というものがどんなものか知らなかったから俺には父親とは家族とはこういう温かいものなんだろうと思う。
「そろそろ飯時だな、書類もだいたい確認して特に問題もなかったから飯の時間まで少し昔話でもしようか。」
そうだ、いつも空いた時間でマスターを聞かせてもらえているんだ。なかなか無茶ばかりをしていたと話すマスターの目はいつもの柔らかさが消えて鋭くなったり、悲しそうになったり色んな目を見た。そんな時どうしたらいいのかわからなくてワタワタしてしまい、それを見ているマスターは何が面白いのか爆笑している。心配しているのにどうして笑われるのだろうか?それで機嫌が悪くなると温かい甘いの飲み物を淹れてくれる。それに騙されて笑われたことなど忘れてしまいいいように手玉にとられてしまう。またそのパターンになってしまうのかとちょっと落ち込みそうになるが、マスターは俺のことをじっと見ている?
「どうかした?」
「いや、そろそろお前も落ち着いてきたことだし提案したいことがあるんだ。」
そう言って机の引き出しから紙を一枚取り出して俺に渡す。魔法学校の入学申請書と一番上に書いてあるものを凝視する。どう反応したらいいかわからないし恐る恐るマスターの顔色を伺う。
「なんじゃそんな不安そうな顔をしてからに。お前の事情もわかるがこんなギルドにずっといるわけにもいくまい。知り合いに少し話を聞いてみただけで無理矢理連れて行くようなこともしない。さっきも言ったように提案だ。お前の意志でどうするか決めればいい。ただ、行くからにはお前の秘密はいつまでも隠し通せるものでもないからな、そこは俺らギルドが後ろ盾になってやる。これでも国にもパイプがあるからどうこうする不届き者は必ず潰すから安心していろ。」
「そんな、ここまでしてもらうなんて」
「そんなこと子供のお前が心配することではない。年寄りから若者へのちょっとしたお節介だとでも思え。これからいろんなことがお前に纏わりついてくることだろう。そんな時いろんな者の助けが必要になってくるだろう。だから信用のできる者を学校で探すもよし、お前自信の力を研くもよし、やりたいようにやればいいんだ。」
直ぐに返事はできないから考えさせてほしいと言うとにっこりと笑って頷いてくれた。さてどうしたものか、スイレンとキキョウとも相談すると以外にも学校に行くべきと答えてくれた。もっと反対されるかもしれないと思っていたのに。
「おにーはどうして迷っているのかな?私にはちょっと難しい話に聞こえるけどおにいのためになるのはわかったよ。」
「主は少し慎重になりすぎかと。でもマスターも主が答えを導き出すことに意味があると思われているのではないかと推測できます。」
「うーん、いい話なのはわかるけど何も学校に行ってまで人探しに行く必要もないと思うんだ。ただでさえこんな御時世だし、俺をどうこうしようとする人たちに自分から飛び込むなんて馬鹿じゃないかな?中にはそんな事考えずに俺を見てくれる人もいるかもしれないけど全員がそうじゃないからね。この話はもう少し考えることにするよ。この話は終わり!ご飯ができてる頃だろうから食べに行くよ。二人はどうする?」
「「もちろん一緒にいく!!」」
ここ最近ひっついてくる二人にお決まりの質問をすればいつも通りの返答が返ってくる。余程餓死寸前だった俺のことが心配のようで何が何でもついて回るようになった。嬉しいような、むず痒いような感じがする。
階下に行けば今日の依頼がどうのこうの、最近どこそこの彼、彼女に交際を申し込んで振られたから自棄酒を飲んで周りに励まされている者様々な人が入り乱れてどんちゃん騒ぎをしている。俺が来ると一瞬静かになりあっちに呼ばれこっちに呼ばれ色んな話を俺に聞かせてくれる。その中でも一際依頼のことについての話を熱心に聞く。
将来的にはこのギルド黄昏の森の一人になりたいと思いどんな仕事内容なのか知っておきたいからだ。ギルドの依頼内容には到底手に負えない様な依頼も転がり込んでくる。そういった依頼に限って俺の持っている『武装』の力必要なものばかりだ。そんな内容をなんで知っているのかというとマスターがいないときにこっそりと除いた再検討依頼書と判を押された依頼書を見たからだ。
どうして俺にその話をマスターはしてこないのか…。答えは簡単だ、俺が子供で『武装』を手に入れたのはつい最近でまともな実戦経験がないからだ。そう思うとなんと惨めなことか。救うための力があるのに救おうとすることで逆に最悪の結果になってしまう可能性があるなんて。指を咥えて見ているだけしかできない俺はなんて惨めなんだろうか。
だから早く自分の力を使いこなせるようにしたいし、ギルドの皆の力になりたい。しかし、もし俺が『武装』ができることを知ったらどんな反応をするのか怖い。マスターが特別だっただけなのだ。人は醜い生き物だから…。
そろそろこの騒ぎもいつも通りにお開きになるかなと思って時計を見れば日を跨ぎそうな時間になっている。マスターに一声かけてから寝ようかなと椅子から立ち上がり階段に足をかけたところで入り口が乱暴に開かれボロボロの装備で片腕が無くなりその部分をもう片方の手で押さえ止血している。ドシャっと倒れ付す彼女は知っている。このギルドで序列2位の実力の持ち主。ヒディアさんだ。酒が入っている連中が大半で彼女が入ってきて直ぐに状況を飲み込めなかった様で俺が一番最初に彼女に駆け寄って治療を行う。
もうあの時のように人が死ぬところなんか見たくない!こんな時に使わないで何時使うって言うんだ。今まで秘密にしていた力を今解き放つ。
淡い光を放つ短刀を媒介にして治癒を行う。その小さな後姿と祝詞を捧げる声にギルド内の皆が、まるで時が止まったかのような錯覚をおこす。
武装を携えている者として祝詞を捧げて治癒を行うことは稀である。何故稀なのかといえば効果は絶大だが行使者の負担が半端ないということに尽きる。魔力はほぼ空になり免疫力も低下し一時的な虚弱体質になってしまい命を落としてしまうことも少なくないため嫌煙されがちな方法をなんの迷いもなく行う。
「スイレン!我が神の祝福を与え汝の痛み、苦しみを和らげ給え。彼の者の傷を癒し給え。エースの名においてここに禊の儀を執り行う。悪しきものを払いここに傷つきし者に神の祝福を分け与えたまえ。時の大輪廻転生!」
「え…す……は…やく…ますた…に……。」
そこで彼女の意識が途切れる。傷はきちんと癒えてきているし、顔色もしだいに良くなってきている。さすが祝詞を捧げただけの効果だ。これなら命に別状はないだろうがこのまま放置していたらあまり良くはないだろうな。
急な展開についてこれないのか皆は固まったままなので近くにいた給仕の一人にマスターをここに連れてくるように声をかけるとあわただしくなるギルド内。パニックになってオロオロしだすこのカオスを早くマスターにどうにかしてほしい。オイオイ、酔った強面の男が武器を片手に無言で出て行こうとしてるぞ。誰かあのハゲを止めろ!俺のささやかな願いを神様は聞き届けてくれたのか男二人がかりで止めようとしてくれていた。
握っていた短刀の感触がなくなった。あ、もしかして魔力切れ---
そんな考えの途中で意識が飛んだ。
「エース、よく頑張ったな。」
そう声をかけてくれたのはギルドマスターだ。俺は俺の命を救ってくれたギルドのためにしたことだ。ヒディアさんは依頼から戻ってくる度に俺にかまってくれた。歳は離れているけど姉のような存在のヒディアさんを放っておけるわけがないじゃないか。思っていても口にはしない。エースも恥ずかしい年頃なのです。
それより反動がでかいのか体が言うことを利かない。行き倒れた時の様な状態で今にも死にそう。ついでにお腹空きました。なんて言いたいけど喋るのも辛い。ああ、早くフカフカベッドで眠りたい。変な方向に思考がシフトしてきている。
なにも返事がないエースの状態に気付いたのかギルドマスターはゆっくり休めと言って手の近くにいたギルド員二人に部屋で休ませるように伝える。
俺の意識はそこまででお腹空いたし眠いしだったが睡眠欲が勝ったようだ。
「現在ギルドにいるランカー全員召集する!俺の部屋で話を詰める。そして今から全員ギルドから出ることを禁ずる!敵討ちなどということはくれぐれも考えるなよ。」
マスターの一喝でその場を静寂が支配する。上位ランカーの一人が瀕死の状態で帰還。ツーマンセル(二人一組)が基本なのにもう一人はいない。このことからどういう状況かは皆わかってはいるが口に出すことができない。
マスターの部屋にランカー四人が入ってくる。黄昏の森のランカーは全部で十。ギルドマスターは四人もいてくれたことに内心ほっとしたが予断を許さない状況に自然と渋い顔になる。
「オヤジ。これはシャレになんねーぞ?どーすんだ?」
ランカーの中でも古株の序列六位のクレイジオは普段聞かないような低い声でマスターに問いかける。眉間には皺が寄っていて今この状況がどんなに想定外な事なのか、そして他三人も顔色はよろしくない。ランカーの紅一点、それでもギルドの序列二位があんな状態でギルドに駆け込んできたのだから無理もないかもしれない。みんな突然のことすぎて冷静な判断ができていないようだ。クレイジオとギルドマスターの視線が重なる。
依頼としてはそれ程難易度としては高くない魔物の討伐だったはず。予想外の相手に遭遇、そして相方である新人のフォローに回って手傷を負って這々の体でギルドに戻ってきたに違いない。それであの状態。しかし、何かが府に落ちない。ギルドマスターが精査した依頼がこのようなことになったのだ、誰かが黄昏の森を落としいれようとしている。
「クレイジオはヒディアの傷を見たか?」
「ああ、あれは対人で負った傷じゃねー。それに魔法残留の気配もなかったし考えられるとすれば………相手は魔獣かもな。」
「また厄介な。もしそうだとすれば他のギルドへの緊急通達も考えなきゃならん。」
ここで無駄に時間を費やすわけにはいかない。他のギルドとの情報の共有もしなければと思考していると唐突に部屋の扉が開かれる。
「じゃまするぜー。おい、老いぼれ。てめーんとこの奴が依頼失敗したんだって?せっかく俺が持ってきた依頼でなんで失敗なんかしたんだよ?」
「はあ、このタイミングでお前が来るのは更に想定外だ。その情報どこからだ?」
「聞いてるのはこっちだ情報ギルド舐めんなよ!どこのギルドでも持ちきりの話を聞かされりゃ俺だって確認しに来る。」
ピースを流れるように当てはめていくこの状況。誰かの思惑が働いているのは確定だ。タイミングが良すぎるとクレイジオとギルドマスターは目を合わせるだけで意思の疎通を行った。このまま情報ギルドにこちらの知っている状況を全て晒すわけにもいかないので、事実確認をして今日はお引取り願った。ギルド内でも混乱が収まっていないので時間を置いてまた後日といったやり取りを行った後、ランカーとギルドマスターは一気に疲れを覚えた。