4.俺の過ちはなんだったのか
あれからどれくらいの時間がたっただろうか。天井を見つめただただ時間が流れていく。神官長が出て行ってから何人か部屋を訪れれたが機嫌をとりに来る奴ばかりで不快感だけを残して神官長と同じような反応をして出て行く。ここには居場所はない。
そうだ、早く神殿から出て行かないと、と思って重い腰をあげる。
「スイレン、行こう。」
「うん、ヒック、わたしもここにいるの嫌。」
部屋からでるとそこには何を思ったのかこの神殿の偉い奴が勢ぞろいだった。どれも俺を警戒しているようで鋭い眼光が射抜いてくる。それでも俺にはなんの脅威も恐れも感じない。
「どうして君は怒っているのかわからないがとりあえず私たちの話を聞いてくれないだろうか?」
「お前らは自分で何を言っているのか理解しているか?」
俺が問うても何がなんだかといった様子だ。神官長達から何も話を聞いていないのだろうか。
「はぁ。じゃあ俺から一つ質問だ。どうしてあの村を焼き払った。」
「それは疫病が「討伐隊の人から何も報告は聞いていないんですか?疫病はなくなったって言われなかった?あの村に行った討伐隊の連中の表情はなんだ?何故人を殺すことで笑っていられる?ここは快楽殺人者たちの集まりか?」……君は何を言っているんだ?」
唖然とした顔で俺を見てくることに何故こうも状況を理解しようとしていないのか苛立ちが募る。そして更に俺の口から疑問が溢れ出る。
「神殿は人を助けるためにあるんじゃないの?助けを求めに来た人たちをなんで殺したの?それが人を助けるって事?疫病疫病って言うけど焼き払うことでしか止められないものなの?そもそも助けを求められてからどうして2日後に討伐隊が組まれたの?その間何をしてたの?」
「落ち着きなさい、そもそも君に何があったんだ。村の者にさらわれたんじゃなかったのか?」
「そこからなのかよ…。俺は俺の意志で村の人たちについていったんだ。そして疫病は俺が治してここに戻ってきた。それなのにあんたらは村の人たちの話も聞かずに殺した。ただの殺人集団だ!俺はここにいる意味はない!!」
「待ちなさい。誰か止めるんだ。」
俺を引きとめようと大人たちは押し寄せてきたがスイレンを抱き寄せて武装する。スイレンを抜き放つと時間が止まったようにその場にいる者は静止した。俺が持っているものがなんなのか理解できたようだ。
「俺は武装を使える。それがここを出て行く理由だ。俺は神殿とは違ったやり方で人々を救う。」
到底子供が出せる威圧ではなかったようで顔を青くしてへたり込んでしまう者や、逃げ出していく者が大半を占める。こんな奴らにあの村の人たちは殺されてしまったのだと思うとどうしようもない気持ちでいっぱいになる。俺がもう少し村に留まっていれば、どうして討伐隊と入れ違いになってしまったのか。
後悔の念で俺は潰れそうになりそうだったが今は何よりもここから抜け出したい気持ちでいっぱいだった。神殿の中央フロアにある受付に神殿から出て行く手続きをしに行ったが、急に出て行くには何日かかかってしまうと言われる。さっさと手続きを済ませるかこの神殿を消されるか選ばせると、スイレンが見えるようにして問うとすんなりと手続きを済ませてくれた。何が「数日かかります」だ、ものの数秒でできたじゃないか。
足早に神殿を出ると後ろから追いかけてくる衛兵。スイレンは武器として使えないため、必死に追ってから逃げる。
どれだけ逃げ続けただろうか辺りを見回せば獣道なため目を凝らしながら慎重に前へと進む。ここで歩みを止めれば追っ手に追いつかれてしまうだろう。どこに向かっているのかわからないが必死に歩き続ける。
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いつの間にか村へと辿り着いていたようで黒く焼け落ちた木がそこかしこに散らばっていた。上手く思考できない。疲れが溜まっているのか腰を落ち着けられる場所にスイレンと一緒に座り込む。
「だいじょうぶ?少しここで休ませてらおうよ。」
「そうだな。無理に連れまわすことになって悪いな。」
「わたしはおにーと一緒ならどこにでもついていくよ。それにあそこは嫌!おにーのこと苛める人がいっぱいだもん。」
「ありがとうな。」
感謝の言葉とともに頭を撫でてあげると膨れていた頬はだらしなく垂れ下がる。そんな姿を見れば幾分かざわついていた気持ちが落ち着く。ピリピリとした緊張感から開放されたためか疲れがどっと押し寄せてくる。スイレンもそうだったのか瞼が重りとなって目が半開きになっていた。追っ手から見つからないようにしなければいけないので姿を隠せる場所がないか辺りを見渡す。
目に入ったのはあの食事を出してくれた女性の家。家と呼べるかわからない状態だがあそこは確かにあの女性の家だ。辛い現実と直面する。のうのうとあそこを借りてもいいのだろうか?冷静に思えば俺が村の人たちを殺したようなものじゃないか。ただの自己満足だったのではないか?
どうしたらいいか迷っていると家からフヨフヨと漂っている塊がある。それには見覚えがある。あれは魂だ。もしかしたらあの人の魂ではないか。俺は恐れる。俺は恨まれてはいないだろうか。まだ生きていたかったのではないか?逡巡しているうちにスイレンが飛び起きてその魂の下に足っていく。
スイレンは魂に駆け寄って小さな存在を大事そうに抱きしめる。そして俺へ振り向くとおねーちゃんがお話したいみたいだよと言ってきた。
怖くて逃げ出したい気持ちだったが俺は話を聞く義務がある。恐る恐る近づいていく。
「お姉さんはなんて言ってるかわかるの?」
「ごめんなさいって言ってる。助けてもらった命を無駄にしてしまったって泣いてる。」
「そんなことないです!俺がもっと早く駆けつけていればあんなことには…。俺は村の皆を……見殺しにしてしまったようなものです。もっと視野を広くしていればこんなことには。」
魂だけのおねーさんはゆっくりと漂いながら俺に近づいてくる。
「そんなことないよおねーちゃん!わたしもおにーも助けたくてここに来たんだよ。だからそんな悲しいこと言わないで。」
泣きそうになりながらおねーさんに自分の気持ちを伝えるスイレン。俺達は身を寄せ合うように家の中で夜を明かす。泣いて、泣いて、泣きつくした。神殿では泣けなかったのにここでみっともないぐらいに泣き続けた。スイレンが俺の太ももの上で眠っている。こんな悲しい思いをさせてしまっていることに俺は何もできない。どうしようもないなと思う。おねーさんの魂はスイレンの横にちょこんと陣取って動かない。
もし、仮初の命でもいいと言ってくれるのなら……いや、俺の考えを押し付けちゃだめだ!俺のせいで失ってしまった命なのにそれをそんな軽々しく生き返らせてやるなんて言えるわけないだろ!馬鹿だ俺は………まるで神官共のようではないか。そんなに命は軽いものではないはずだ。
どうしたらいいんだよ………。
頭を冷やそうと外に出るとひんやりとした風が俺を撫で付ける。俺がこんな風にしちゃったんだな。月明かりの中であまりはっきりと見えないが悲惨な光景がそこに現実としてある。
考えごとをしているとジャリ…ジャリ…と何かが俺に近づいて来る足音がした。月明かりでよく見えない。こんな時にと舌打ちをして急いで戻ろうとすると瞬きをする間で距離を詰めて飛び掛ってきた。
「うぐっ。」
人間じゃないと思うが後ろから飛び掛られては身動きが上手く取れず、そのまま地面に組み伏せられてしまう。スイレンは置いてきてしまったし、手足の先しか動かすことができないこの状況であったがあまり恐怖はなかった。死ぬのは怖いが本当は命とはこんなにも脆くて軽い物なのかもしれないと思いが大きかった。
顔にかかる息の臭さにうっとなる。魔物か!?人を組み伏せられる獣はここの付近にはいないはず、そうなると魔物の可能性が高い。これ、詰んだかも…。