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武装  作者: オリオン
3/8

3.やって良かったと思っても結局俺は後悔する

目が覚める。神殿の自室ではないことにあれは夢でなかったと安堵する。そして右隣からはスースーと可愛らしい寝息が聞こえてくる。何故か目が潤んできた。自分が生きていたことにかもしれない。あの時あの時感じたのはただ暗い所へ唐突に落とされたということ。底の見えない奈落に落ちたような気さえした。そしてスイレンが手元から消え絶望が俺の中を占めた。だから目を覚まして生きているという実感を持てたことで溢れ出てくる喜びに平静を保てなくなり、涙が零れた。



気持ちが落ち着いて目が腫れぼったいが仕方ない。スイレンを起こさないようにダルイ体をゆっくりと起こしてキョロキョロと辺りを見回す。窓から入ってくる木漏れ日が閑散とした室内に暖かみを与えている。神殿とは大違いな環境に胸が痛む。


こんな暮らしで人は生きていけるのに何故あんなにも贅沢な暮らしをしているのだろうか。いや、そんな考えはここの人たちへの同情でしかない。同情からは何も生まれてこないのは知っている。気の毒な話だね、大変だねといった他人からはありがた迷惑な感情だしか生まれない。これまでそういった人たちに何もしていない神殿を小さい頃から見てきた俺には同情なんてここの人たちには失礼なのではないかと思う。だから俺にできることをしたい。ただ思うだけの人になんてなりたくない。



そんな自分の思いを噛み締めているとトントンと戸を叩く音がして若い女性?が入ってきた。顔は窶れ髪もボサボサ着ている服もみすぼらしくとても人が着る服には見えない。見た目がこうでも身なりを整えればきっと歳相応だと思う。




「起きてらしたんですか?少ないですが食べ物をお持ちしました。お口に合わないかもしれないですが何かお腹に入れたほうがいいかと思って。」



「お気遣いありがとうございます。俺が倒れてから何日位ですか?」



「2日です。ずっと眠ったままで起きないんじゃないかと思いました。暖かい食べ物をお出しできれば良かったんですが、日照りが続いて作物が育ちにくく保存食しかなくて。」





おずおずと干し芋を差し出してくる女性。現金俺のお腹はぐうと小さく鳴き、すごい恥ずかしい。居たたまれなくなって頭を伏せる。そんな俺を見てクスリと笑う女性に俺は胸が温かくなる。食べ物が少なくてひもじい生活をしているはずなのに笑みを作る。




「あの、いいんですか俺に貴重な食べ物をくれて。」



「あなたはこの村の英雄です。これぐらいのもてなししかできないのが心苦しいくらいで本当に村を救っていただいてありがとうございました。」




そうか、俺は村の人たちを助けることができたのか。だからこの人はまだ笑えているんだと思った。この笑顔を俺が救えた。救えたんだ。と同時に背筋が震え、言い知れぬ不安が俺を襲う。俺をそんな風に見てほしくない。そんな立派な人間でもないし、ただ自分ができることをしただけ。



いろんな気持ちが渦巻いて気分が悪くなってきた。すると俺の左手を小さな手が掴む。掻き乱されていた俺の気持ちは一瞬にして穏やかになる。うん、考えすぎだったな、俺は俺のやりたいようにやるって決めたじゃないか。こんなことで心を乱してたらスイレンに心配かけちゃうな。



もう少ししっかりしようと心に決めて、差し出された干し芋を口いっぱいに頬張る。2日も何も食べていなかったためあっというまに胃袋に収まってしまった。俺の食べっぷりが良かったのか女性は俺をみてクスクスと笑っておりまた居たたまれない気になる俺。



それから体の調子を確かめてスイレンを伴って村を発つ。神殿で正規の手続きをしてから早々に出て行こうと軽い気持ちで神殿に向かう。




「おにー凄くいい顔してるね。」



「そうかな?いつもどおりだと思うよ。」




ぶっきらぼうに答えたが自分でも緩んでいた顔に気付いていたし、何かやり遂げた気持ちで浮かれていた。そして神殿に帰ることで自分のしたことを粉々に打ち砕かれるとは思ってもいなかった。俺は甘かった。世の中のことを知らずに育ってきた俺は現実に打ちのめされる。







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神殿に向かう途中なにか騒がしかったが浮かれていた俺は聞き耳を立てることなくスイレンとゆったりと歩いて神殿に着く。そして神殿内はそれ以上に慌しく俺は何が何やらわからず突っ立ていると俺に気付いた神官が俺に駆け寄ってくる。



「大丈夫だったか?お前が生きて帰ってきたのは神の思し召しだな。」



この男は何をいっているのだ?無断で神殿を抜け出したことに怒られるのだと思っていた俺は拍子抜けしてしまった。



「疫病が出た村の奴らにお前が攫われたと報告が街の者から報告が合ってな、捜索隊と討伐隊が組まれた所だったんだ。」




理解できんない言葉の数々に思考が追いつかない。




「よかった、これで心置きなく焼き討ちできるというものだ。」




俺の頭は真っ白になる。




「しかし疫病を何とかしてくれと駆け込んできた奴らには正直焦ったよ。この街に疫病を撒き散らされる前に早々に対応しないといけないから私はこれで失礼する。他の者にも君の無事を伝えておくから今はゆっくりするといい。では。」




俺はすとんとその場に座り込んでしまう。体に力が入らない。俺の手をギュッと握るスイレンは不安そうに俺を見ている。これから起こることをものものしい周囲の動きでなんとなく理解しているようにも見える。俺ははっとして体に鞭を打って村へと足を動かす。早く行って皆に伝えなくてはいけない。もう疫病はなくなったし俺を攫ったという無実を証明しなくては。スイレンの手を離さないように翔ける。一秒でも早く村に着かないと。



必死に走り残り半分程の距離で黒い煙が立ち昇っていた。それを見てまだ間に合う、あれは違うまだ間に合うあれは違うと言い聞かせながら走る。そして村について俺は愕然とした。赤々と揺らいでいる炎。黒い炭化した物体が山のように一塊に積まれていた。





「あぁ…うそ…ちがう…だって…」



「君危ないよ。ここは疫病が伝染する危険があるから立ち入り禁止だよ。」



「俺の、せい?だってみんな、みんな元気になって笑って…あぁ…あーーーーーーーーーーーーーー!!!」




俺に声をかけてくれた男をスイレンを使って牽制する。俺に近づくな、皆の側から離れろ、汚い笑みをやめろ、こんな未来は俺は望んでいなかった!そして天高く掲げる、癒しの力で生き返れと願いながら。




「神の祝福を与えん、痛み、苦しみを和らげ給え!この地に巣食う邪なる不浄を切り裂き給え!エースの名においてここに禊の儀を執り行う!プリフィケーションレイン(浄化の雨)!」




雨が俺を打ち、炎を沈静化し、炭化しているだろう人であった物体からは煙が立ち昇る。そんな見たくない現実ではなくまた笑った村の皆の笑顔を思い浮かべて何度も何度もスキル≪プリケーションレイン≫を繰り返す。それで目の前の出来事が変わるわけでもなくただ俺の中から何かがスイレンに流れていくだけを繰り返す。そんな異常な俺を何人もの人間が固唾を呑んで見ていた。



年若い俺のような人間が武装の能力を行使していることに驚いているのか、泣き叫びながら何度も武装の能力を使い続けていることに驚いているのかわからないが俺にはそんなことを気にしている余裕はなかった。そして気付けば神殿の自室で俺は眠っていた。あれが夢であればいい、よくある良くない夢だと、笑い話にできればどれだけよかったか。



茫然自失の俺の部屋にここの神殿の神官長が入ってくる。嫌な笑みを浮かべて俺に媚を売るような猫なで声で言う。私の見込んだ通りだとか、君の力が必要だとか、その歳でよく武装の能力を使えるだとか、俺を褒め称える言葉ばかりが次々と出てくる。そんな言葉は俺には届かない。なんの反応もすることなくぼーっと窓から見える神殿の中庭を見ている。




「しかしどうして、君も物好きだね、あんな下民に武装の力を使おうとするとは。ためし撃ちでもしたかったのかい?」




その言葉に俺は無意識のうちに体が動いた。




「その汚い口を閉じろ。お前のせいで何の罪もない人が死んだことを何故理解できていない!」



「ひっ!な、なにを」



「俺は喋るなと言ったんだ。お前の軽い命よりも何倍も価値ある人の命が消えた。今ここで死ぬか俺の前から即刻消えるか選べ!」




ひ~、と這い出すように部屋から出て行く神官長。俺は何をしているんだ。八つ当たりもいいところだ。武装を解くとスイレンが抱きついてきた。俺のお腹に顔を埋めてすすり泣いている。あぁ、泣かせてしまった。でも俺は泣けない。どうしようもなく情けなくて、泣いてしまえばあの光景を鮮明に思い出してしまいそうで怖かったから。どうしたらこんなことにならなかったか、俺は間違っていたのだろうか。

主人公と行き違いでこんな結果になってしまいましたが神殿という隔離された中で生きてきたために、自分の行動に疑問を持っていません。

ある意味かわいそうな考え方しかできないです。

これから外の世界を見ていく中でどう変わっていくか長い目で見てやってください。

理想を追いかける人間になるか、ここから歪んだ考えになってしまうのか、はたまた読んで下さった方々の予想を裏切る展開になるのか。

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