1.孤独な俺と求める者
俺は孤独だった。ある理由から俺に関わる人間は代わってしまった。神に認められていることがわかった事によって俺は神殿に預けられることになってしまったからだ。
神に認められるってなんだ?たったそれだけの理由で俺は小さな頃から神殿に預けられるなんておかしい。ただ普通に生きていられたら良かったのに。大好きだった親や友達と離れ離れにされ、いきなり生と死について学べと言われてどうすればいいか解かる分けなかった。小さな子供に何を求めているのだここの大人たちは。
俺の人生を狂わせた神殿に今日も怒りを覚え、ギリっと歯を噛み締める。今年で16歳になる俺は机に座りながらいつものように生と死について説く丸々と太った男を睨みつける。こんな豚みたいな人間に生と死について語る資格はあるのかと聞きたい。『武装』のできる神殿関係者にはヘコヘコと頭を下げ、普通に生活している人を見るときのあの眼はなんなのだ気に入らない。まるで人を線引きをして自分は偉い人間であるかのような振る舞い。実に反吐が出る。神殿の人間は大抵そんな奴の集まりでしかない。
いかに『武装』がこの世界の優劣の基準になっているか思い知らされることでもある。
この世界は神に認められた者が絶対の強者であるとされているが人間にそんな身の丈に合わない物を与える神に疑問を抱く。こんなに汚れていそうな人間のどこを認めて特別な力を与えるのか。それこそ死者を冒涜しているとしか考えられない。
こんな世界を作った神はあまり好きじゃない。そんなことを考える自分もまた好きじゃない。
「くそっ。」
そう呟いて座っていた椅子から立ち上がり教室から出ようとする俺に教師はあの眼を向けてくる。
「エース、何をしている早く席に戻りなさい。そんなことでは神に見捨てられてしまうぞ?ただでさえ素行が悪いんだからもっと自分のことを考えたらどうだ。それともその歳になって器が不安定だから素行も悪いんだろうかね。」
周囲に聞こえるように言い終えると「はぁ」という溜息とともにあの嫌な眼を向けてくる。周りは俺を見ながらクスクスと笑ったり、関心がないのか必死に男の言っていることに耳を傾けていたり様々な反応だ。そんな空気にまたイライラが増したような気がしてその言葉を無視してその場を後にする。
あそこには俺の居場所はない。そして俺の周りには纏わり付くように魂達が浮いている。そう、俺にだけは魂がはっきりと見えている。魂の大きさは大抵握りこぶし程大きさだ。フヨフヨと飛び交う魂に「大丈夫」と声を掛けると更に動きがあわただしくなる。まるで俺を心配するかのように。
魂が見えることを親に報告したことでここに連れてこられたのがそもそもの原因だった。当初親は大喜びしていたが俺と離れて暮らさなければならないと強制されたことで必死に俺と離れたくないと神殿に申告していたのが印象に残っている。俺の親が平民だったからである。平民の人間が神に認められし子供といることはあまり良いことではないのか?という考えが普通であったようだ。そもそも平民に神に認められている子供が生まれてくることは少ないのだ。
こんな世界は好きじゃない。神に認められし者だかなんだか知らないが汗水垂らして必死に畑仕事をしていら自分の親の方が神殿の人間よりも神に認められてもいいのではないかと本気で思う。あの温かい家にまた帰りたいなと思うとフヨフヨと漂っていた魂が一斉にくっつきだし始めた。お前らはペットかと突っ込みたくなったが自分を心配してくれるこの魂だけの存在にはいつも支えてもらっている身なので「ありがとう」と言ってあげると忙しくなく飛び回る。まったく調子の良い奴らだ。
ありがたい御高説とやらをサボって魂達に一方的に話かけたり、目で追っているだけで時間があっという間に過ぎてしまっていた。暗くなり始めたところでそろそろ神殿の中にある自分の部屋に戻ることにする。またあの豚共と同じ場所に戻るとなるとまたイライラしてくる。
ゆっくりと時間をかけながら自分の部屋に戻ると外が騒がしい。いつもは静かなのに珍しいこともあるんだ。少し興味があったので覗いてみようかと騒ぎ立てている場所に急ぐ。何故急ぐ必要があるかわからないがとにかく急ぐ。不思議な気持ちにどうしたのかと疑問に思う。周囲の魂たちの様子もいつもと違う。どう違うかというと色が様々な色に変化しているのだ、これには吃驚した。なにか良くないことが起きているのかと更に急ぐ。
どうやら騒いでいるのは神殿の入り口で神殿関係者が怒鳴り散らしている。どうやら3人の平民が何かを涙ながらに訴えかけている。それを追い返そうと躍起になっているのが神殿関係者だった。良く見れば3人の平民は酷く痩せ衰えており、栄養が足りていないのは一目瞭然だった。食べ物を分けてもらいたくて来たのかと思ったがそんなことでは神殿には来ない。
神殿の役割は神に祈りを捧げ、啓示を受けるのだ。それは教えであったり、将来どのような未来が見えているから警告や指針を示してくれたりする。また、神官の治療魔法によるケガや病気の治療を行う。無料というわけではなくお金が必要になってくる。
それくらい無料でもいいんじゃないかと小さい頃思ったことがあるがそもそも神に祈りを捧げるということは魔法を使い神と同じ領域に意識を向け願いを届けるという荒業であるのだ。その魔法は神殿の秘匿魔法とされており誰しもが簡単に使用できる魔法でもなく限られた神官にしか使用許可がない。そう考えると何故平民の人が神殿に来るのかだいたい予想がつく。流行病を治療をしてほしいというのが神殿に来る一番多い理由の一つだ。
話を聞いている限り「どうか村の流行病を」「金がなければ無理だ」「そこをどうかお願いします」「慈善事業のために神殿があるわけではないんだ」などと言葉の応酬が繰り返されている。自分だったらあんな姿を見せられたら渋々頷いてしまいそうで怖い。簡単にそこで頷いてしまえばあれよあれよと神殿に来る人間が後を経たなくなり魔法を行使する人間が逆に死んでしまう可能性が出てきてしまう。それを回避、安全面を考慮してこのように金のない者には厳しく対応している。どこかで妥協してはいけないのだ無作為に誰にでも手を差し伸べるのは簡単だろうが差し伸べた手を全て握っていられる自信は自分にはない。その重さに耐えられないだろう。誰かを助けるには責任がともなってくる。
『武装』もそうだ、死んだ者にまた仮初の生を与えることに自分は責任が取れるだろうか。魂に振り回されない強靭な精神力、その力を奮うだけの技術、生と死に自分は向き合えるだけのものが本当にあるのか不安で不安で仕方がない。しかしいつも回りにいる魂だけの存在達を見ればそんな気持ちは薄れる。何故かわからないがポカポカと温かい気持ちになる。
注意が逸れてしまったが自分がここにいてもやれることはないのではないか、とも思ったがいつの間にか握りこんでいた拳が軋みをあげていた。人の生き死にがかかっているこの状況で金、金と叫んでいる神殿関係者、話を聞かずに追い返そうとしてまでいる。何が神殿だ、何が神に認められし者だ、人が生きるか死ぬかの瀬戸際で見ているだけしかできないのか。
神殿と自分の存在意義が俺の中で崩れていく、周りの魂達は打って変わって静かに浮いているだけ。こいつらからも俺は見捨てられるのか?いや見捨てたのは俺か。神に認められた者だけがこいつらの魂を召し上げることができる存在なんだから俺が神から認められなくなれば俺から離れて行くんだと勝手に思ってたんだ。ほんとはそうじゃないのに、いつも苦しくて悔しくて辛くても俺を気遣うようにいてくれたのはこいつらだったじゃないか。勝手に見切りをつけて勝手に離れていこうとしたのは俺の方だった。
「ごめんな、でももう大丈夫だと思うからお前らも元気だせよ。そんなんじゃ誰からも魂召し上げられなくなっちゃうぞ?」
そう言うと魂たちはブルブルと震えながら俺の周りを飛び回る。元気がなくなったり今みたいに自分をアピールしようと必死に飛び回る元気さが面白くて小さく笑ってしまう。やっぱりこいつらと一緒だと安心する。うん?なんだか魂たちの様子がおかしい。色もそうだが飛び方が不規則で苦しんでるようにも見える。どうしたのだろうか?
「おい、どうした?大丈夫か?」
今まで見たこともない反応。誰も魂の姿形をはっきりと視認はできていないためどのような対処が必要なのかさっぱりわからない。そんな状況ではオロオロと見ているしかできない。そして不規則な動きから一定の感覚で円を描くように隊列を組みながら飛んでいる魂に見とれる。そして一つ一つの距離が縮まりながら急速に速度を上げていく。そして大きな塊が出来上がった。今まで見たこともない現象だった。握り拳台の大きさしかない魂達が重なりあうようにして一つの塊ができあがった。驚くことにそこから変化が続いたのだ、「ありえない」の一言に尽きる。徐々に形成してできた形は6歳程の子供くらいの大きさの人間のそれ。
「嘘だろ。おいおい。」
まるで胎児から出来上がっていくような光景に見える。徐々に形成されていく魂と呼んでいいだろうかその塊は頭、体幹、四肢とはっきりしていく。その工程で手が何かを求めるかのように動いた。そして首が自分へ向き平面な顔が俺を見ているような感覚に陥る。
「俺?」
握り返せば壊れてしまいそうな手を凝視する。ここにいることを必死に示すように、手を伸ばす。小さな体を一生懸命に使って俺へと近づこうとする。どうしてそこまでして俺を求めてくるのか怖い。俺に君を救えるだろうか。けれども君はいつも俺を支えてくれた。死してなお人を支えるなど自分にはできるだろうか。まして赤の他人をなんて俺にはできないかもしれないな。そしてそんな魂だけの存在なんて悲しすぎる。他の人には見えない、ただ消えていくだけの魂を、このまま見てみぬふりをしてもいいだろうか。自分の中で何かがすっきりとした感覚。不快に思っていたしこりが消えてなくなった気がする。
「俺を選んで後悔するなよ?」
伸ばされた手を離してしまわないようにしっかりと掴む。求められた手を自分からは決して離してしまわない様に。自分の手を待ってましたといわんばかりに強く自分の手を握ってくる。そんな反応が気恥ずかしく嬉しくもある。俺という存在が孤独からやっと抜け出すと同時に必要とされていることに。色を取り戻したように人間と同じ見た目を持つ子供が目の前に飛び込んできた。
「おにーーー!!!」
「おわ!」
どすんと派手に尻から落ちてしまう。つ~、声にできない痛みに悶絶している俺に飛び込んだ女の子が嬉しそうにお腹に頭を埋めている。なんだこれは?頭がこの現実を処理できずに悲鳴をあげているのはかろうじて理解できた。そして物陰から音がすれば誰かしら駆けつけるのはお約束みたいで神殿関係者が俺を訝しげに見ている。どうしてだろうか?
「それより早く避けてくれないかな君。」
「やだよ~せっかくおにいに触れるようになったんだからもう少し堪能させてよ~。」
「エース、お前何をやってるんだ?」
うん?そう思って駆けつけた男を見ると俺をみる眼はなんなのか感覚的にわかった。もしかしてこの子が見えていない?頭が状況を整理しようとしているが追いついてくれない。
「早く立て。何こんなところに座り込んでる。頭でも打ったか?いや、もともとおかしな行動しかとっていないんだからあんまり関係ないか。」
なにか勝手な俺への評価をしているようだが今は気にしなくてもいいかもしれない。それよりもこの子を何とかしないといけない。
「君、もしかして武装できたりする?」
「ん~~?武装っておに~が私にしてくれるんじゃないの?さっきみたいに私をぎゅ―っとしてくれたらできるんじゃないかな。」
「………。」
もしかしてとは思ったが最低評価を降されているこの俺がいきなり武装なんてできるようになったのか?いや、まてまてまて!!今何をのたまったこのちびっ子。年下の子、しかも女の子を抱きしめるなど冗談だろ。この状況に混乱してしまい動転したのだろうか、女の子をよ~く見てみると最初は裸じゃなかったっけと思ったのは一瞬でいつのまにか白いワンピースを着ていたようだ。見間違いだったようで安心した。結構可愛らしい顔立ちできょとんと見つめる表情にドキッとした。更に垂れ目がちな目を俺に向けて小首を傾げる姿に違った意味で悶絶してしまいそうになる。そして肩まである黒髪を後ろで纏めたほうが好みかも……。不覚にも変なことを考えてしまいこの子の存在を忘れてしまう。
「ほんとにどうした?ほら。」
不思議そうに俺の手を掴んだ神殿関係者が立たせようとするが抱きついているこの子がずり落ちて顔を地面にぶつけてしまう。
「あっ……。」
顔から地面へと吸い込まれいきガツっと嫌な音がした気がする。あれ?なんで音がしたんだ。疑問に思って床に眼を向けるが女の子がウルウルと眼を滲ませていた。
「なんだこの石は?」
男が女の子を掴みあげてしげしげと見ている。ちょ顔近いって!慌てて女の子を回収して男から距離をとる。
「おにーこわかったよーーー!」
「よしよし、もう大丈夫だ。つーかあんたこの子見えないのかよ?」
「お前大丈夫か?それただの石だろ。この子って、頭大丈夫か?」
そして俺の思考は加速する。この子をどう説明する?面倒になることは確実だ。ここは話を合わせておくべきだろう。俺を見る眼がいつもより酷く、おかしな事を言う奴だと嬉しくない評価を新たに付けられてしまっただろう。しょうがない。
「ちょっと頭痛くて早く部屋に戻って休むことにします。」
「おい、まだ話は」
男を振り切って自室に戻る。途中抱っこしていた女の子はホワンとした顔でトリップしていた。意味不明な状況に頭が痛くなる。詳しく話を聞くため足早に進んでいく。