第1話
「やあ、おはよう黒凪くん」
軽やかな鳥のさえずりがどこか遠くの方から聞こえる。
さんさんと窓のカーテンの隙間から漏れる日光は、さっきまで俺が寝床としていた木製の机に照りつけていた。
ゆっくりと瞼を持ち上げ、眩しい日光に目を細めながら体を起こす。
そして現在、安眠を妨害し、目の前に立ちはだかる女性は意地の悪い笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。
「いい夢は見れたかい?」
「…まさか。夢なんてみたことがない」
そう言うと何がおかしいのか、くくくと笑いを漏らした。
俺は乱れた黒塗りの制服を右手で軽く整えながら、少し長めの前髪をかきあげる。
そうすると女性―――不知火同級生は自らの左手を空中に掲げ、ある一点で停止させた。
「もうとっくに授業は終わっているぞ」
不知火が指し示したのは銀で縁取りされた、この教室にたった一つしかない安物の時計だった。
時刻は5時。
どうやら本格的に眠ってしまっていたようだ。
「おはよう、不知火。あんたのおかげで目覚めは最悪だ」
「それは違いないな」
眉尻を少し下げ、苦笑いを浮かべながら不知火がくるりと向きを変え教室の扉の方へと歩き出す。
俺も机の横にかけてあった黒の鞄を肩にかけ、後に続いた。
教室から一歩出ると、部活部員や校内にのこる生徒達の声がはっきりと聞こえるようになった。
やいやいとお喋りをする声、青春じみた誠意いっぱいのかけ声。
そのどれもが今の俺にはうっとおしい。
いつの間に顔に出してしまっていたのか、不知火が俺の顔を見てまた面白そうに笑う。
俺はそんな《今》が、大嫌いだ。