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第5章 夢と想い

デュレックはぼんやりと城の庭、中央に立って周りをみていた。

季節ごとに花や木々が咲き誇っている。王国の中でもっとも美しい庭園。今の(・・)季節は池の辺、ここにしか咲かない国宝花が満開に咲いている。この城の庭園にしか咲く事のない“水晶花”。


見た目はユリにそっくりの形をしているが、茎も葉も、そして、その花自体が水晶のように透明で堅い素材で出来ている。植物とも鉱物とも付かない、今だ謎が多く解明されていない不思議な花である。言い伝えでは、あの奇跡の島から来たという話も残っている。

太陽とともに咲き誇り、光を反射して本物の水晶のように光り輝く。

そして、その見た目の美しさもさることながら、水晶花の香りはユリよりも芳醇で甘く、水晶花で作られた香水をつけた女性はどんな女性でも傾国の美女となると言われる伝説があるほどであった。

アンジェリーナはその庭がとても好きだった。特に水晶花が大好きだった。


『デュー、こっち来て!とっても綺麗よ』


そう言って微笑み、アンジェリーナがデュレックに向かって手を振っていた。ピンク色のフリルの付いたドレスを揺らして池の辺へと駆けて行く。

デュレックはぼんやりと小さなアンジェリーナの姿を見た。デュレックの事を『デュー』と呼ぶのは彼女しかいない。


『デュー!はやく、はやく!』


木の幹のような茶色の髪は動きにあわせてふわりと揺れ、青い瞳は太陽に反射してキラキラと輝いている。それは彼女にとてもよく似合っていた。

デュレックが1つ年下のアンジェリーナと初めて会った時の事を思い出す。

その時の彼女は第1妃候補達の一人としてだった。


20名近くいた候補の少女達の前でデュレックは初め、話事もできなかった。

それまで、王妃や姉妹以外の女性と話す事に慣れていなかったデュレックは緊張して、姉や王妃達の後ろに隠れていたものだ。少女達はデュレックに気に入られようとしてか、我先にという勢いで、妙に馴れ馴れしく、必要以上にかまってきたのもあって、途中から恐怖心する覚えるほどであった。


そんなデュレックが唯一、怯えることなく話せたのがアンジェリーナだった。

アンジェリーナは明るく、社交的であり、他の候補の少女達とも仲がよく誰にでも好かれる少女であった。容姿については、ごくごく平凡だった。特別美しいわけでもなく、かといって特別可愛いというわけでもない。ただ、彼女の内側は誰にでも愛される何かを持っていた。そのため、いつもアンジェリーナの周りには人が耐えなかった。

いつしか、デュレックは他の候補や姉妹達、学友であった貴族の子弟達よりもアンジェリーナとよく一緒にいるようになっていた。


そんな二人の光景をみた国王は彼女を第1妃にと選んだのは必然だった。

それから、アンジェリーナは城内の屋敷で暮らすようになり、それまで以上に一緒にいる事が多くなっていった。

しかし、それから1年くらいたった頃から、アンジェリーナはよく怪我をするようになっていた。まわりにいた貴族の娘達もアンジェリーナの側に寄る事がなくなっていった。

それが虐めであるとデュレックが気がついたのは、アンジェリーナが何者かに城の階段から突き飛ばされたのを目撃した時だった。


物陰に隠れていて、デュレックに犯人の姿は見えなかった。

アンジェリーナに問いただすと、彼女は足を踏み外しただけだと笑って答えた。アンジェリーナは犯人の名前をけして言わなかった。

だから、デュレックはウィルや姉達に相談した。理由はすぐに判明した。実に単純な事であった。

王子の婚約者に選ばれたから。

あれだけ、少女達と話すことができなかったデュレックがアンジェリーナとだけ話せるようになったのは、父親の力を使って取り入ったから、という根も葉もない噂からもともと始まった。

それくらいの噂は王城ではよくある事だ。

だが、デュレックは予想以上にアンジェリーナとだけ一緒にいるようになったため、より彼女は他の貴族の少女達やその親から嫉妬された。

デュレックがアンジェリーナを構うから。

アンジェリーナが傷ついているのは自分が原因なのだ。その事実はデュレックにとっては衝撃的なことであった。


(そうだ……、たしか、これは彼女が俺のせいで虐めにあっていると知ったあと……)


『デュー、どうしたの?』


物思いに耽っていたのか、アンジェリーナがなかなか来ないデュレックの側に駆け寄ってきていた。

ふと、デュレックの横には金髪で碧眼の少年がたっていた。


(俺?)


デュレックは幼い頃の自分の姿を見ていた。

少年の顔は眉間に皺を寄せていて無表情で、近づいてくるアンジェリーナを見ていた。


『どうしたの?どこか具合が悪いの?』


心配そうにアンジェリーナは少年のデュレックを見ている。

だが、少年のデュレックの表情は相変わらず無表情のままだった。

とその時、少年のデュレックが俯いて小さな声で呟いた。


『……ス……』

『えっ?何、もう一回言って?』


小さい声だったのでアンジェリーナは顔を覗き込むように近づけた。すると、少年のデュレックはいきなりがばっと顔をあげ大きな声で叫んだ。


『……ブス!!俺に近づくな!!お前が婚約者なんて、恥ずかしいんだよ!!!』


アンジェリーナは驚いたように、目を見開いてデュレックを見ていた。

少年のデュレックは顔を真っ赤にして肩で大きく息をしながら、暫くその場に俯いて立っていた。だが、しばらくしてはっとしたような顔をすると、急に後ろを向いて城へと駆け出す。すれ違いざま、デュレックは横を駆けていく少年の、自分の顔を見た。

今にも泣き出しそうな。苦しそうな顔。まるで、自分が傷つけられたような。


(自分で言っておいて、なんて顔してるんだ、俺は……)


『あっ、デュー……』


アンジェリーナは困惑した顔でデュレックの背中を見ていた。だが、やがて悲しげな顔になり俯いてその場で立ち竦んでいた。


(ごめん、アンジェリーナ……)


デュレックはアンジェリーナに近寄った、そして、彼女の体に触れようとした時。

そこで、目が覚めた。






デュレックは寝ぼけている目で、まだ小さく燃えている焚き火を見た。パチリと薪が爆ぜた。

あたりはまだ暗い、空を見上げれば星がまだ輝いていた。夏の闇夜の空を覆い尽くさんばかりに輝いている星。北にあるせいか王都からもけして見ることが出来ない素晴らしい夜空だ。

体を起こすと体のあちこちが少し痛かった。野宿をするのに地面の上に薄い布を直接敷いているだけの状態に体のあちこちが固まっていた。


デュレック達が北の森を出て6日。

夜寝る時以外はずっと馬を走らせてここまで来た。このままのペースで進めばあと2日も走れば王都に着く距離まで来ている。予想よりも大分早く行程は進んでいた。

かなり強硬突破の旅程であるが、急いでいるので何の問題もなかった。ただ、旅慣れていないデュレックにとっては体の負担は尋常ではない。


1日目は森の近くの宿場街に泊まったが2日目からがきつかった。

まず、気温だった。北の森をでるまでは大して気にもしていなかったが、街を離れて直ぐに、じんわりとした暑さがデュレックを襲った。まだ、夏は始まったばかりであり、ここは北方であるからまだそこまで暑くも無いが、それでも、一日中太陽の下を駆けていくのに体力が必要だった。

背中につかまっているヴィヴィにいたって、いつとなんら変わらない。ドレスを着て暑くはないのかと思うのだが、息一つ乱していなかった。

そして、何よりデュレックを困らせているのは疲れが大してとれない事であった。

森近くの街を離れてから、1日がかりでやっと次の村近くまで着いたその日。当然、デュレックは宿をとろうとした。が、


『・・・・・・私は入れない。お前だけ行け』


そう言って、ヴィヴィは一人で近くの森へと行ってしまったのである。

さすがのデュレックも女性が一人で森の中で野宿する事を放って置くこともできず、結局、それ以来ずっと二人は野宿をしている。

北の森をでてすぐの宿場街ではヴィヴィも普通にしていたのだが、北の森の近隣から離れてしまってからは妙に人目を避けるように道を進んでいた。


たしかに、男女二人で、一つの馬で全力疾走して移動している姿はかなり目立つだろう。それに、ヴィヴィの姿も仮面に、旅装とはいえ余り見かけないような黒のドレスを着ているためかなり目立ってしまう。

人目を集めないためにも着替えて仮面を取ってはどうかと、デュレックがヴィヴィに提案した事があったのだが、取る事ができないとばっさりと一蹴されるだけに終わった。

妙に人目を避けるのに、目立つ格好はやめない。今さら人目を避けているのか。未だにその理由ははっきりとはしなかった。


ちなみに旅の途中にあった村や街に立ち寄って食料などを調達しようとした事もあったのだが、やはりヴィヴィは街に入るのを拒否した。

デュレックにいたっては買い物をした経験がない(もちろん仕組みは知っている。ただ実践した事がないだけで)。だが、デュレックはこんな時にそんな事は言っていられないので買い物に一人で行こうとしたのだが、結局、ヴィヴィが召喚魔法でファミットから食料を運んでもらっていた。


ちなみに、デュレックはこの召喚魔法が、初めてまともに見る魔法であった。

召喚魔法はまず、ある地点に魔方陣をつくる。

この魔法陣とは魔女達が魔法を発生させるための術式を簡略化したものであり、何重もの円状の文様に大陸では見た事もない言語が書かれている。ヴィヴィはこの魔方陣をこれまたデュレックが理解不能な言葉を一言呟いたら、ヴィヴィの目の前の地面に光り輝いて現れたのである。

その魔方陣を通して、ずっと離れた召喚したいものがある地点とを時空間で繋いで、物などを移動する魔法ということであった。


なお、生き物でやると9割9分の割合で、四肢が分裂し、内臓も細かく砕け、見るも無残な姿で召喚先に現れるとヴィヴィは真顔でデュレックで言った。

そんなこんなで、毎回デュレックとヴィヴィは新鮮な食べ物を手に入れていた。その他では、野宿する森でヴィヴィが食べられる植物を取って調理して食べていた。

それならば、と野宿するのに分厚い毛布を送ってくれないかとデュレックは思ったのだが、嵩張るので荷物になるから駄目だとヴィヴィに一蹴され、デュレックは腹が満たされても体が毎日筋肉痛で疲労が取れないという状態に陥っていた。


デュレックはゆっくりと体を伸ばした。縮こまっていた筋肉が伸び、大分体が楽になる。急にどこからか冷たい風が吹いてきた。風で焚き火が一瞬小さくなるが、すぐにまた大きく燃える。

デュレックは身震いし、焚き火の側へと近寄った。

夜の森は闇に包まれ、焚き火の灯りが届かないところは暗幕がかかっているかのようで何も見えない。

時々、獣の鳴き声や、草木が触れ合う音が聞こえ、デュレックは無意識に何も見えない闇を見つめてごくりと唾を飲み込んだ。


野宿をするとヴィヴィが言ったとき、狼や獣に襲われないかとデュレックは危惧したのだが、それもヴィヴィの一言で一蹴された。

森の中の妖精や精霊達に危険があったら教えてくれるよう頼んでいるらしい。それに野宿をすると決めた箇所の周りの木や岩に、ヴィヴィがなにかよく分からない、魔方陣と似たような字やら円を書いていた。

それは、結界らしく危険なものが近づいてこられないように幻術をかけているのだと言っていたが、デュレックには何のことやらさっぱり分からなかった。とにかく、この焚き火の周辺は安全だということは確かだ。


ふいに、また風が吹き、物音一つしない静かな森の中で薪が爆ぜる音だけが響いた。

あたりは静寂に包まれている。

ふと、何故かデュレックは違和感を感じて周りを見た。

ヴィヴィがいない。

ぐるりと周りを見てみるが側に居なかった。いつも野宿をするときは離れて寝てはいるが、それでも、目に見えるところ、焚き火の側に寝ている。


「どこに行ったんだ?」


一瞬、ヴィヴィが襲われたのかとも考えたが、ヴィヴィがあれだけ安全だと豪語しているし、何よりデュレックが無事でいるのもおかしい。

しかし、立ち上がって周りを見渡すが、辺りに広がるのは暗闇とそれに包まれた森ばかりである。


「こんな、夜中に何処行ったんだ?」


その時、風がまた吹いた。すると、デュレックの耳に微かに遠くの方から水の音が聞こえた。


「そう言えば、近くに湖があったな・・・・・・・」


薪を集めに行っている時に見つけた湖を思い出す。デュレックは湖のあったほうに目を向けた。見えるのは闇と木ばかりでここからは湖の姿は確認できない。

暫くじっと見つめてから、デュレックは自分が寝ていたところにおいてあった剣を持って、湖のあるほうに足を向けた。





焚き火のあるところから離れ、さらにヴィヴィが作っていた結界を抜けると森の中は本当に真っ暗だった。足元も見えないから慎重に一歩一歩進める。時々何かを踏んではビクリと飛び上がった。

だが、すぐに目も闇になれ、うっすらと木々からもれる月明かりに照らされて先が見えるようになる。

そうして、暫く歩いている内に、森が開け妙に明るい景色が目の前に現れた。


湖は月の光を反射して幻想的な美しさだった。湖の天上には星々に囲まれて大きな月が浮かび、湖面にはそれをそっくり移したように綺麗な月が写っている。湖に飛び込めば空に行けるのではないだろうかとも思えてくる。

デュレックは周りを見ながら湖の岸まで行った。あたりには誰も居なかった。

湖は静寂に包まれていた。時々、風に吹かれて岸に寄せる波の音だけが静かに聞こえる。


「ここにはいないのか?」


デュレックはもう一度、静かな湖を眺めて引き返そうと踵を返した。と、その時、不意に湖の水に奇妙な波紋が出たのを目の片隅に捉えた。

もう一度、その場を見ようと振り返る。すると、いきなり湖の中から何かが飛び出した。

あまりに突然なことで、デュレックはとっさに目を見開き動く事ができなかった。だが、すぐにハッと我に返りすぐさま腰をかがめていつでも剣を抜ける体勢をとる。

だが、目は湖から出てきたものに再び引き寄せられ、釘付けとなった。


それはまるで、あの奇跡の島にいるという“人魚”が水面に上がってきたようだった。または、男を惑わすという美しい水の精霊だろうか。

女性だ。

月の光のせいで逆光になり、そのシルエットしか見えなかったが、それでもデュレックにははっきりと美しい女性のシルエット姿に見えた。


デュレックは腰をかがめ剣の柄に手を添えた体勢のまま、ぽかんと口を開けその女性の姿に見入っていた。

美しい。

その女性の裸のラインが逆光に照らされ、月と湖、湖面の波紋も相まって独特の世界をつくりあげていた。普段なら女性の裸を見るなんて、王子に、いや、常識ある男性としてあるまじき行為である。だが、この時、デュレックは女性の裸を見ているという感覚よりは、どこか、神秘的な絵画を見ているような気持ちであった。どうしても、目が外せない、引き付けられてしまっていた。


どれくらいそうしていたのか。無意識にデュレックの足が動き、足元で石がぶつかった。

ごく小さな音であった。だが、この静かな湖ではその音だけで十分響いた。


「!、誰だ!」


湖にいた女性がデュレックの方に振り向いた。顔は逆光で何も見えない。

デュレックが呆然と見ていると、不意に、その女性が息を呑む音が聞こえた。そして、また急いで顔を反対側へと向け、隠すように背を向けてしまう。その行動を見て、デュレックはふいに気がついた。


「あっ、すっ、すまない!!!」


デュレックは慌てて後ろを向いた。女性の裸を見ていたことに今更ながら慌てた。

そう自覚すると、デュレックの頭は急速に羞恥で混乱し、顔が自然と熱くなる。いくら、逆光で何も見えなかったとは女性の沐浴を覗いていたのだ。


「すっ、すまない!見るつもりは!」

「・・・・・・見たのか?」


何か言おうとしたデュレックの耳にその女性の静かな声が聞こえてきた。混乱した頭が、その聞き覚えのある女性の低い声に反応する。


「ヴィ、ヴィヴィなのか?」

「・・・・・・見たのか?」


デュレックの言葉には答えず、ヴィヴィは再び同じ事を聞いてきた。

この女性にしては低めで深みのあるのは紛れもなくヴィヴィの声である。いつもと違って少し動揺して聞こえる声だ。だが、それには気付かずデュレックは羞恥心と罪悪感、それと言い知れぬ恐怖から慌てて答えた。


「いっ、いや!逆光で見えなかった、いや、でもあまりにも美しくて、つい」

「・・・・・・顔は」

「いや、だから」

「顔は見たのか」


デュレックの慌てふためいた言い訳を遮ってヴィヴィは静かに言った。それでも何故だろう言い知れぬ威圧感を背中に感じる。デュレックはごくりと唾を飲み込んでから言った。


「・・・・・・いや、その・・・・・・、顔も逆光で見えなかった」

「・・・・・・ならばいい。少し、後ろをそのまま向いててくれ」


そう言ってヴィヴィは無言になった。しばらくして、水の中を動く音が聞こえる。どうやら上がってくるようだ。デュレックは半ば硬直状態でその音を聞いていた。

地面に上がって濡れた足で歩く音が聞こえると、すぐ側で服を着る衣擦れの音が聞こえてくる。


ふと、デュレックは先ほどの光景を思い出した。美しい女性のシルエット。

それが側で着替えてると考えて鼓動が急に早くなる。

それに、あのヴィヴィが着替えているのだ。普段は黒一色で、素顔を晒さないヴィヴィが。

そう思うと、急に振り返って見てみたくなる。きっと、今振り返ればヴィヴィの顔が見れる。

あの、美しいシルエットの女性の顔を、いつも仮面に隠されている顔を見てみたくなった。


(馬鹿か!俺は、何を考えている!!)


一国の王子たるもの己の欲望に打ち勝たねばならない。

すんでのところでデュレックは自分の理性を復活させた。深呼吸をし、より落ち着きを取り戻そうと意識する。

顔が熱い。今、振り返ったらこの真っ赤であろう顔を見られるだろう。そう思うと、振り向かなかった己の理性に感謝した

そして、ふとさっきヴィヴィが言った言葉に興味がわいた。実を言うと今まで気になっていたのだが、聞いてはいけない気がしていて、ずっと触れずにいた。

だが、この時、デュレックは自然と口から言葉が出て行ってしまった。


「・・・・・・ヴィヴィ、その・・・・・・、顔を人に見せられないのか?」


一瞬、服を着る音がとまる。

デュレックは直ぐに後悔した。やはり、触れてはまずい事だったのだろうか。デュレックが謝ろうと口を開きかけたが、それを遮るようにヴィヴィが服を着る音が再開した。

タイミングを失いデュレックは再び口を閉じる。

それっきり、ヴィヴィも、デュレックも着替え終わるまで言葉を発しなかった。

暫くして、衣擦れの音がやんだ。


「少し歩く」


デュレックの意外とすぐ後ろからヴィヴィの声が聞こえる。驚いてデュレックが振り返ろうとすると、デュレクの横をヴィヴィは通り過ぎていった。

ちゃんと仮面で顔を隠している。

ヴィヴィは湖の岸沿いに歩いて行った。デュレックは黙って後を追っっていった。ヴィヴィの隣まで追いつくが、何も話す気配もなかった。しばらく、無言で静かな湖畔を歩き続けた。

暫く歩き続けていると、ふいにヴィヴィは前を見たまま静かに話し始めた。


「大した理由はない」


ポツリと独白のように洩らされた静かな声は無機質だった。

デュレックは黙ってじっとヴィヴィを見つめた。


「ただ、顔を見られたくない」


それっきり、また、黙ってしまう。

デュレックは無言のまま歩きながらヴィヴィを覗いた。

ヴィヴィの灰色の髪はつきに照らされてか今は銀色に見えた。水に入っていたと言うのに、どういう訳か全く濡れていない。いつもリボンで纏められ、片側に垂らされている髪が彼女の動きにあわせて揺れていた。

顔は仮面で表情は見えなかった。口も真一文字に閉じている。なのに、デュレックはふいにヴィヴィが泣いているのではないかと思った。妙にその姿が何時もより儚げに映るのだ。黒い仮面が余計に彼女を孤独の闇に押しとどめているように感じた。

抱きしめてやりたい衝動に駆られた。今すぐ、抱きしめて守ってやりたい。そう、体中から欲望が渦巻いた。


だが、デュレックは指一本動かす事ができなかった。

何故だか、触れてはいけない気が。いや、触れられられなかった。

ヴィヴィは言葉も発しなかった。ただただ、歩いているだけだ。

なのに、絶対的な壁が、デュレクとヴィヴィとの間にはあった。

デュレックに対して、それ以上踏み込んでくるなという拒絶を感じた。

直接言われたわけではない。だが、その時のデュレックには言葉や行動や表情よりもヴィヴィの拒絶を感じていた。

結局、何も出来ないまま。また無言で歩き続けた。



しばらく、そんな状態で、二人で並んでで歩いていた時、突然、ヴィヴィが立ち止まった。


「どうした?」


そう声を掛けたデュレックには反応せず、なにか、気配を感じとっているように周りを見回していた。


「どうした?」


もう一度デュレックがそう言うと、ヴィヴィは周りを見たまま静かに言った。


「精霊達が、逃げろと騒いでいる」


ヴィヴィは顔は向けないまま辺りを警戒している。デュレックも周りに目を向けて気配を探った。だが、なにも感じない。湖は相変わらず静かだし、森も静寂を保ち、闇がそこにあるだけだった。


「なにも、いないようだが・・・・・・。獣か?」

「早くここから離れろ!」


突然そう言って、ヴィヴィは駆け出した。

デュレックもそれについて走り出そうとした、その時だった。

ヴィヴィの目の前にいきなり何かが飛び出した。

と、次の瞬間何が起こったかわからないうちにヴィヴィが目の前で倒れた。


「ヴィヴィ!!!!!」



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