第3章 新たな真実
デュレックが魔女の館で目を覚ましてから、少し時は進む。
バゼック王国の城内にある一室では、蝋燭一本の光の中で男達が息を潜めて話し合っていた。
トンっと、また一つ、部屋にかけられている現王室の国王アーゲリオンと王子デュレックの肖像画にナイフが刺ささった。
「今日も薬は飲ませたのか?」
「はい。あと数日のうちには息を引き取るでしょう」
トン
肖像画の国王の頭にナイフが刺ささった。
「王子は今頃、北の森の中でもがき苦しんでおろうな」
「ああ、あの温室育ちの王子は一人で城の外にも出たことがないんだ。すぐに死んでしまうだろう」
「森の中に入ってさぞ、慌てているだろうなぁ。魔女の仕業だと言って騒いでいるだろう」
その言葉を受け、誰かが笑ったのか壁に映される影が震えた。
トン
また一つ、肖像画のデュレックの左目にナイフが刺さる。
「くっくっくっく、これで、この国の王位継承権は我々の手に入ったも同然ですな」
「国王もそろそろ、虫の息ですしね・・・・・・」
「ああ、やっと我々がこの国を手にいれる。正しき国になるのだ」
トン
また一つ、ナイフがデュレックの鼻に刺さる。
人影の一つがグラスを片手に立ち上がる。
「われわれの勝利は目前だ。さあ、我々の確実な、華麗なる勝利に!」
「「勝利に!」」
そう言って、部屋にいた人影がグラスを持ち上げ乾杯する。その勢いに呼応するように部屋の蝋燭が風も無いのにゆれる。彼らの笑い声に合わせて、影が揺れていた。
その中でただ一人、静かに笑う男が居た。
デュレックが北の森にきてから1週間がたっていた。
早く城に帰りたかったのだが、あの後、今までの疲れが一気に出たのか高熱を出し寝込んでしまった。熱はヴィヴィの作った薬を飲んだら直ぐに下がったが、体のだるさは抜けず。結局一昨日まで寝込む羽目になってしまった。起き上がる事ができたのは昨日の朝だ。
そして、今は屋敷の庭で朝食を食べようとしていた。
しかし、昨日、同じようにこの庭で朝食を食べるためやってきた時。デュレックは庭の様子を改めて目にして、また熱に浮かされているのかと不安になった。
バゼック王国は今、真夏である。が、この北の森のある地方は大陸の北部にあるため夏でも涼しい、というよりも肌寒い。夏であっても長袖を着る国民も多いほどの寒冷地である。
しかし、この森はまるで春のように暖かかった。夏のように暑すぎず、かといって肌寒くも無い。生き物にとってとてもすごしやすい気候だ。
それに、デュレックは庭の花々を見て驚いた。花が満開である事はさして珍しくもない。驚いたのはそこに咲いている花の種類だった。庭に植えられている草花は季節感がバラバラで春の花から秋の花まで様々。まったく、季節感を無視した庭なのである。
目を見開いて驚いているデュレックにヴィヴィは丁寧に説明してくれた。
この森、というよりは館の周辺は精霊族の影響を強く受けており、一年を通してもあまり気温の変化が無いという事だった。その話を聞いてデュレックはまた眉を顰めた。
精霊族とはかつてアルバニス大陸にいた、あらゆる自然現象を司る霊態の存在だ。しかし、その存在は魔女と同じですでに伝説の産物である。
だが実際、目の前に魔女がいるように精霊もいるのだろう。ヴィヴィの話からでは、かつては人の目にも見える存在だったらしいが、魔女達がこの土地を離れ、徐々に人々の意識から精霊達の記憶がなくなったために人の目に映らなくなっていったらしい。
だが、見えないからといって存在自体がなくなったわけではない。今でも普通に人々の生活するあちこちに存在しており、小さい子供などは目に見えてしまうらしい。
幼い頃に何かを見たという子供がいるのはそのためで、大抵大人たちは気味悪がるか、子供の世迷言だと思う程度だ。
そして、その見た記憶ですら大人たちの気のせいだという教育のせいで忘れてしまう。
人間の生活は常に精霊族の恩恵の上でなりたっているのに、人間は彼らの力をただ搾取しているだけで何も返していないとヴィヴィは語っていた。
その話をしていた時、なんとなくではあったがヴィヴィが悲しそうだった。
表情は仮面で隠され、話し方もどこか壁を感じるが、時々こうして人らしい一面が見え隠れする。無表情だと思っていたが、意外と違った。そんな表情を見るたびにデュレックは妙な懐かしさを感じていた。
「デュレック王子~、茶を持ってきたぞ~」
庭を見て物思いに耽っていたデュレックは妙に間延びした高い声に意識をそちらに向けた。
館の方から女の子がポットをのせたお盆を持って此方に向かってきていた。
エメラルド色の大きな瞳に腰まである金髪、肌は透き通るように白く、髪の毛から除く耳は先が尖っている。
彼女はファミットというエルフの血を引いた少女だ。
これまた、伝説でしか聞いた事のない。1000年に一度、海に現れるという陸を渡りたどり着くガリックシルバー島に住む高位精霊の一族である。
男女ともに皆、美しい姿をし、耳の先が鋭く尖っている。肌は白く、人間の何十倍の寿命を持ち、不思議な力をあやつるという。ファミットはそんなエルフ族と人間とのハーフらしい。
初め彼女を見たとき、デュレックは腰を抜かしそうなほどに驚いた。
ヴィヴィに会ってから伝説が真実である事に驚いてばかりだが、ある程度のことに対しての免疫は出来ていたつもりだった。だが、さすがにエルフ族など物語の産物だと思っていたのだ。彼女の存在が無ければ精霊族の話も信じなかっただろう。
駆け寄ってくる少女は見た目こそ9歳くらいの少女だが、実際の歳は判らない。もしかしたら、デュレックよりも年上、いや、あのバンドット卿よりも年上かもしれないのだ。
それに言葉遣いもなぜか年寄りじみている。見た目とのギャップに初めは驚いた。
「今日はのう。庭でつくったハーブティーだぞ~。デュレック王子の体にもいい」
「ありがとう。ファミット」
デュレックは持ってきたお盆を受け取ってテーブルの上に置いた。ポットからはさっきお湯を入れたばかりなのか湯気に混じってハーブの香りがしてくる。
「どういたしまして~」
妙に間延びした話し方でファミットはにこりと笑った。その笑顔を見てデュレックは思わず笑みがこぼした。
末の妹がちょうど同じ年頃だ。といっても、ファミットと違い大分しっかりした話し方をするのだが、妙に大人びたところがある点ではよく似ていた。
ファミットと話しているとデュレックは思い出す。
この北の森に来る時に、国のことや、民のことが心配だったのだが、一番心配なのはやはり家族であった。病に侵されている国王もそうだが、母達や姉妹達の事も心配だった。
国王が倒れてから、政務が忙しく。ほとんど食事も一緒にしていなかったため、城を出てくる直前に説得のため話したのが久しぶりだった。あの時はここに来る事に気を取られていたが、今改めて考えると皆、心労と看護で目の下の隈が化粧で隠しきれていなかった。
だから、よけいにデュレックはファミットを見ていると妹を思い出し、家族のことが気に掛かった。
ファミットはデュレックの向かいのイスに座り、ハーブティーをカップ注いでいた。
「デュレック王子~、お茶どうぞ~」
ファミットはカップを、デュレックに差し出す。ハーブティーは薄緑色で半透明だった。デュレックは口をつけ一口流しいれると優しくさわやかなハーブの香りが鼻腔を一杯にした。思わず肺から溜まっていた息が漏れる。
「美味しいよ。ファミット」
「そうじゃろ~」
ファミットは誇らしそうにフフンと笑い、腰に手をあてて胸をはった。しばらくその格好のままだったが、ひとしきり満足してから自分のカップにもお茶を注いだ。カップはあと二つ用意されていた。
それを眺めながらデュレックは周りを見回す。しかし、目的の人物は見当たらなかった。
「ヴィヴィはまだ出てこないのかい?」
「途中まで一緒に来たんだがのう。また、部屋に戻っていった。なんか、反応があったのかもな~。そろそろ出てくると思うんだけどの~」
「そうか」
ヴィヴィは看病の傍ら、どうやら花嫁とアンジェリーナを探してくれているようだった。
昨日の朝、起き上がって午前中は一緒にいたが、その後、昼食が終わってからしばらく二人とも部屋に来なかった時間があった。夕食の時間になってから、ファミットだけ戻ってきてその事を知った。
寝込んでいた間も、時々二人ともいなかったのはそのためだったらしいが、デュレックは一人で寝かせてくれているのだと思っていた。
ファミットもいなかったのはヴィヴィの弟子らしく、占いの手伝いをしているらしい。
デュレックが心配そうな顔をしていたのか、ファミットは小首をかしげて言った。
「でも、だいじょーぶじゃ~。先生だから、きっと探してくれてるのう~」
笑顔でそういうファミットにデュレックは苦笑する。
なんだか、信じられないくらいほのぼのとした時間である。
天気はよく、心地よい陽気。庭には花々が咲き誇り、鳥達は愛を囁くようにさえずり、蝶が優雅に飛んでいる。
まだ、体が本調子でない上に、国王である父が倒れてから気が詰まっていたデュレックにとって、久しぶりに味わう安らぎだった。
しばらく、そんなほのぼのと二人でハーブティーを飲んでいたら、いつの間にか庭にヴィヴィがやってきていた。今日も黒のドレスを着て、相変わらず仮面をつけている。手には朝食を乗せたお盆を持っていた。
「せんせ~、ファミット、ちゃんと“オモテナシ”してたぞ~」
「・・・・・・ありがとう。せっ、・・・ファミット」
どことなく動揺したように見えたヴィヴィの口元が一瞬苦笑していた。持ってきた朝食をテーブルに並べた。
今日の朝食は、ライ麦で作られたパンに屋敷で育てたという色とりどりの野菜と鶏肉のサンドイッチ。炒めた卵、切られているオレンジやレモンなどの柑橘類。それに、牛乳だ。
牛乳は毎日、森の入り口まで近くの村の酪農場から運んでもらっているらしい。それを、ファミットかヴィヴィが取りに行っている。
その他の日用品で自分達で用意できないようなものは、近くの村や町に時々買いに行ってるという話だった。しかし、ファミットが行くにしても、ヴィヴィが行くにしても目立ってしょうがないだろうとデュレックはその話を聞いた時思った。
だが、彼女達がここにいることを知ることができたのも、村に出てきていたからである。そうでなかったら、不確かな昔の手記だけを頼りに探していたかもしれない。いや、その前に探しに来ようとも思わなかったかもしれない。
ヴィヴィは食事を配置し終わると、デュレックの隣のイスに座わった。
「せんせ~?ハーブティー飲む~?」
そういって、ヴィヴィの答えを聞く前にファミットは嬉しそうに新たなハーブティーをカップに入れ始める。その様子を、ヴィヴィは何も言うことなく、というよりも何故か諦めているかのように見ていた。
ファミットからカップを受け取って一口飲む。カップを持つ仕草や持つ仕草はやはり優雅だ。末の妹にも見せてやりたいくらい完璧である。
昨日、起き上がった時に話の流れでヴィヴィの事について聞いてみた。明らかに仕草などは貴族の令嬢のものだ。それとなく、貴族達にかかわりがあるのかと聞いてみたら。
『昔、ちょっとな・・・・・・』
と、よく分からない答えが帰ってきた。それを見かねてかファミットが後で教えてくれた。
『彼女はの~、この地に来た時に大分当時の国王に気にいられたらくしての~、それがきっかけで貴族達に混じる事もあったから、所作などは完璧に覚えたらしいぞ~。まあ、元々上品な人だったけど~』
という事だった。
ファミットの話にデュレックはウィルから聞いた話を思い出す。
たしか、500年前にきた魔女達は、当時の王にそれぞれ館を与えられたと言っていた。その中でも、北の森に館を与えた魔女をいたく気に入り、自分の王子の花嫁を探させたと。
ファミットの話からするにヴィヴィがその魔女なのだろうか。そうだとすると、見た目はとても500歳以上の年齢を感じさせない。
仮面で顔は分からないが、ドレスから伸びる手や声はまだ若々しい女性のものだ。下手をするとデュレックよりも下かもしれないと感じることがある。
ヴィヴィはハーブティーの香りをもう一口飲んでから「いただきます」と小さくいうと朝食を食べ始めた。それを見て、デュレックとファミットも朝食に手をつける。
ライ麦パンはここにきて初めて食べた。香ばしくて美味しい。小麦粉で油をつかいふっくらと焼いたパンしか食べた事のないヴァジャックは初めて食べた時、感動したものだ。
その様子を見てファミットは笑っていた。
聞くと、普通の小麦粉のパンより栄養価が高く。農村では良く食べられるパンで、村に行ったときに買って来るそうだ。城に帰ったら、コック達に作らせようとヴァジャックは思った。
その他にも野菜と果物はみずみずしく、牛乳も新鮮だ。
食事中はヴィヴィは一切話をせず、黙々と口に食事を運んでいく。食事の所作もやはり完璧だ。
ファミットは静かなヴィヴィに代わって、デュレックに話しかけてくる。
森の様子や、近隣の村や町の様子。今年の農業の進み具合や天気。政務では知ることのない、この北の森の近郊の情報をファミットは分かりやすく話してくれた。
一通り、食事が終わり、再びファミットがハーブティーをそれぞれのカップに注いだ時、ヴィヴィが初めてデュレックに話しかけた。声をかけられたから顔を上げて目が合った気がしたため、デュレックは慌てて視線をカップに移した。
「体調はどうだ?」
「あっ、ああ、だいぶ良くなった。ありがとう。二人のお陰だ」
「どういたしまして~」
そう言うとファミットは嬉しそうに笑う。ヴィヴィはいつも通りたいして反応もなく淡々と話を続けた。
「そうか。ところで、公爵家の令嬢の事だが・・・・・・」
「ああ、・・・・・・どうだった?」
デュレックはほのぼのとした気を引き締めた。
この北の森にきたのも、表向きの理由は第1妃になる花嫁を探してもらうという事もあるが、本心ではアンジェリーナを探してもらう事だ。
10年前に失踪したアンジェリーナ。どこを探しても見つからなかった。
周りの者達にもう諦めろと話す声が聞こえても、法的に死亡となっても、信じ続けてデュレックは諦めなかった。
デュレックが緊張した瞳でヴィヴィを見つめると、ヴィヴィは一瞬、言うのを迷っているようだったが、お茶を一口飲み静かに言った。
「・・・・・・残念だが。世界中の精霊達に気配を探してもらったが存在が全くつかめない。亡くなったと考えられる」
デュレックは静かに言われたその言葉を意外と冷静に受け止めた。
もしかしたら、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。ただ、彼女の姿を見ていなかったから、最悪の状況を否定し続けていた。国にいなくても大陸のどこかに、大陸にいなかったら、伝説に聞く奇跡の島にどうにかしていったのかもしれないと願った事もある。
どこにいてもいい、とにかく生きてもう一度会いたかった。謝りたかった。そして、思いを伝えたかった。だが、分かっていたのだ。心のどこかで、これだけ探して見つからないのは彼女は死んでしまったんだと・・・・・・。
黙ってしまったデュレックをヴィヴィはじっと見つめていた。ファミットも心配そうに見ていた。
二人とも、1週間前に突然来た男の事に、ともに悲しんでくれているように感じた。
そう思うと、デュレックはどこか暖かい気持ちになった。悲しみは心を覆い尽くしているけど二人の気持ちが暖めてくれる。10年間探し続けていた人が亡くなったと聞いた直後なのに、二人のお陰で心は軽くなっていった。
「王子。意外と強いのじゃな~」
ファミットが茶化すでもなく、妙に大人びた見守るような優しい顔でそう言った。時々、こうしてデュレックより大人びた雰囲気をかもし出す。
「いや、俺は強くないよ。こうして冷静でいられるのも二人が一緒にいたお陰だ」
そう苦笑すると、ヴィヴィが急に手を伸ばしてきた。
ヴィヴィの手がデュレックの頬にふれる。驚いてデュレックが目を見開く。優しく触れる手は暖かい。慰めるように暖かい。
デュレックがじっと見ていると、ヴィヴィはハッとして、動揺を隠すようにスッと手を膝の上においた。
取り繕うようにカップのハーブティーを飲む。その様子をじっとデュレックが見ていると、小さく咳払いをして、ヴィヴィが口を開いた。
「それより、国でなにかあったか?」
突然の質問に、デュレックは直ぐに反応することができなかった。
「あ、ああ。いや、父上・・・、国王が病に倒れた・・・・・・」
「病名はなんだ?」
「それが・・・・・・、判らない。医者はいままで見たことの無い病だと言っていた。ただ、急激に衰弱していっている」
城にいる宮廷医達は国一番の医者だ。彼らが診察しても国王の病名ははっきりとはしなかった。症状にあわせ薬を調合しているが、病を治してはくれなかった。
「そうか」
そう言って、ヴィヴィは口元に拳を当てて、なにか考え込んでしまった。突然の質問。国王が病気と聞いて何を考え込んでいるのか。デュレックは気になって詰め寄った。
「父が、国王がそんな状態だから、ここに花嫁を探しに来たんだ。王位継承には結婚しなくてはならないから・・・・・・」
そう言うと、ヴィヴィは拳を口元に当てた状態で呟いた。
「それがな、花嫁は見つからなかった」
「え?」
ヴィヴィの妙な言い方にデュレックは眉を顰め間抜けな声をだした。そんな様子を気にもとめず、ヴィヴィは話し続けていた。
「というよりは、まだぼんやりとして見えにくかったというほうが正しい」
「・・・・・・どういうことだ?」
「つまり、まだ結婚次期ではないんだ」
「結婚の時期でない?」
意味がわからなくて繰り返し言うとヴィヴィは淡々と説明し始めた。
「結婚の時期でないとは、つまり、今の運命ではまだ、結婚するべき女性が現れていない。といっても、未来はこれからの行動で少なからず変わってくる。特に結婚相手となると。だが、それを考慮して現状の状態を踏まえてもあと1~2年は結婚しない運命にある」
「1、2年は結婚しない運命?」
「ああ。つまり、まだ王位継承の次期ではないんだ。本来は」
デュレックは困惑で眉を顰めた。運命ではまだ結婚しないとでている。ということは占いではあと1、2年は王位を継承しないという事だ。だが、国王は今、死の瀬戸際にいる。
どういう事なのだろうかとデュレックは混乱した。ヴィヴィは再びカップから一口飲んでから言った。
「王位継承が婚姻によって行われるのは知っていたから。変だと思った。それで、国王の運命を見てみた。国王の運命はなんの異常も無く、まだ大分続くと出ている。だが、妙な歪みも見られた。運命を歪めるような。
それで、いくら婚約者がいないといっても、古い風習を掘り起こしてまで魔女の占いで花嫁を探しているというのもおかしいと思った。そこで、先ほどの話を聞いてある過程が出てくる」
「どういう事だ?」
「つまり、国王の運命はまだ続いている。だが、実際は病に倒れ、死の瀬戸際だ。つまり、今も辛うじてその運命を保っているが、何者かによってそれを阻止されようとしている」
「はい!?」
デュレックはちらりと浮かんだ考えがあまりのことにヴィヴィに叫んでいた。側にいたファミットは心配そうにデュレックを見ている。ヴィヴィは冷静にデュレックを見つめた。
「国王は何者かによって殺されようとしている」
「!?」
デュレックは言葉を失う。
国王という立場上、つねに死は付きまとっている。病に倒れた時に毒物の可能性も調べたがそういった毒物の症状もなく、王室医が原因が不明の病気だと言っていただけに驚きは増した。
しかし、今更ながら考えてみると、国王の体格はそこら辺の軍人並によく、今まで病気なんて罹ったところを見たことがない。珍しく体調を崩したと思ったら今の状況になった。
誰かに殺されると聞かされると動揺もする。
ヴィヴィはデュレックの眼を見つめ落ち着かせるように冷静に話を続けた。
「きっと、毒薬だろう、裏の世界で出回っているやつかもしれんし、医者が絡んでいる可能性もある。いずれにせよ、現状では国王の運命はまだ変わってない。まだお前の花嫁が見えないと言うこともあるから、国王の死はまだ決まってはいないとも考えられる。しかし、油断はできん。今後、どうなるか私にもわからん。いつ死期が定まってもおかしくは無い」
ヴィヴィの話ではまだ王は死なない。だが、少しの希望が見えたが、状況は最悪だ。
落ち着こうとすっかり冷めたハーブティーをぐいっと飲み干す。ハーブティーの香りが混乱しているデュレックの頭を徐々に冷静さを取り戻させた。カップをテーブルに置き、デュレックはヴィヴィを見据えた。
「ヴィヴィ、犯人は判るか?」
「・・・・・・見てみたがはっきりとは分からない。だが、内部の者の可能性は高いと思う」
ヴィヴィの言葉を聞き、デュレックは考えこんだ。
こんな状況では、花嫁を探している事態ではない。早く国に帰り、犯人を捜し、父を、国王を助けなくてはならない。
それに犯人は国王を殺そうとしている。つまり、国にかかわる犯罪を起こそうとしている。
しかし、いったいどうやって犯人を捜すか。それと、医者ですら判らない病をどう治すのか。
その時、ふと、デュレックは目の前のヴィヴィを見て思った。
「ヴィヴィ、お前、薬には詳しいな」
「・・・・・・ああ」
「医術の心得は?」
「ある」
その言葉を聞いて、デュレックは頷き、ヴィヴィに向き直った。
「だったら、父の病を治す事はできるか?」
ヴィヴィは口元に拳を当てて少し考え込んだが直ぐに答えた。
「・・・・・・見てみないと判らないが可能性はある」
「ならば、これから共に城へ来て国王の病の原因を突き止め、治してくれないか」
デュレックは真剣な目でヴィヴィに言った。
仮面で見えないがどこか少し動揺しているように見えた。それも一瞬のこと。
しばらくして、ヴィヴィは静かにだがはっきりと言った。
「・・・・・・承知した」
「ありがとう。ヴィヴィ。それじゃ、とりあえず急いで城に戻ろうと思う」
「じゃったら~、私も手伝うぞ~」
それまで黙っていたファミットがハイハイと手を上げて、明るい声で主張してきた。
その様子をみて、思わずデュレックは笑顔を向ける。
「ありがとう、ファミット。じゃ、さっそく始めよう。いいな、ヴィヴィ」
「・・・・・・ああ」
「それじゃあ、後で」
そう言ってデュレックは席を立って館へと戻っていく。ファミットも一瞬ヴィヴィに目をむけるが、すぐにデュレックの後を追った。
その後ろ姿を、ヴィヴィは仮面の下から静かに見つめていた。