悪女ロベリア・ド・リヴィエールの喜劇
公爵令嬢、ロベリア・ド・リヴィエール。
彼女の傍若無人ぶりは喜劇のように語られやすく、尾鰭のついた噂話になりやすい。
当時、国では真実の愛劇場が流行っていた。『私は真実の愛を見つけた。だから、お前とは婚約破棄をする!』というものだ。まさか、高貴な貴族が自ら、実践するとは誰も思ってもいなかっただろう。
その日、王宮では王女の婚約相手を探すパーティーが開かれていた。ロベリアは婚約者とファーストダンスを踊る際、『顔が気にいりませんわ』と優雅に微笑むと、油断をしていた彼の顔を閉じた扇子で叩きつけた。
その場に尻もちをついた婚約者に対し、ロベリアは醜いものをしてしまったように扇子で顔を覆う。
「な、なにをするんだ! ロベリア」
「私、この世で一番、嫌いなものが美しくないものですの。ですから、サリナース様。私と婚約破棄いたしましょう?」
サリナースはロベリアの言葉に奥歯を噛み締める。
「……ミシェルはお前には渡さないからな!」
「いらっしゃい。ミシェル」
ロベリアは壁の花となっていた、ひとりの少女に手招きをした。紋白蝶のような真白いドレスを着ていた少女の可憐さに周囲から感嘆の声があがる。
少女はロベリアの隣へ来ると、そっと、ロベリアの手を握った。
「ミシェル。言いたいことがあるんでしょう?」
「僕はロベリア様のものですから、サリナース様の物にはなりません。それに、ロベリア様のお綺麗な瞳に醜いものを映したくありませんし」
会場ではミシェルの告白を聞いたサリナースの絶叫と、ロベリアの高笑いが響き渡る。
王女の婚約候補者たちは地位が高い。若い貴族たちの保護者たちが老獪だと分かった上での暴挙だった。ロベリアは自ら、婚約破棄を告げて、相手に大恥をかかせたのだ。
しかも、相手が悪かった。
ロベリアの婚約相手は、この国の王太子だったからだ。
ロベリアの両親は何度目かの娘のやらかしに仕方がないと首を振ると、『顔が悪かったあいつが悪い』と締めくくった。婚約破棄に対し、不思議と陛下もロベリアに対して、いくら王太子が望んでも国外追放などを命じることや多額の慰謝料を背負わせることもないまま、穏便な婚約解消が行われる。
誰もがまたロベリアがやらかしたと呆れつつ、ある事実が伏せられていることは、ミシェルも含めた関係者しか知らない。
*
ロベリアの愛玩人形のようだと囁かれているミシェル。
彼はその可憐な容貌から、美少女に間違われやすい。自分は男だと言っているにも関わらず、学園を卒業した今でも信じたくない男性たちからの恋文が山のように届く。
卒業式にロベリアから男性の制服を贈られ、出席したのだが、男装だと呟いていた生徒の姿を見たというのも、他人は見たいもの、聞きたいことだけを信じる、これは学園生活でミシェルが学んだことだ。
ロベリアは『火種になっていいじゃない』と笑っていたが、薪に火を焚べる方ではないだろう。ミシェルは自分の平穏な日々のためにも彼女の発言を深く考えないことにしている。
現在もミシェルの容貌は損なわれてはいないが、学園時代の彼は不可解な事態に巻き込まれ、女生徒のひとりとして通っていた。
白銀のストレートな髪に、海のように深い瞳。誰もがミシェルをみつめれば、恋に溺れてしまう。そんなミシェルにつけられた、本人さえ知らない不本意な渾名は〈歩くサキュバス〉だった。
母とふたり、貧しくても慎ましく暮らしていたミシェル最大の不幸は自分が男爵家の養子、母が後妻となってしまったことだ。
自分たちが訪れたことで男爵家の義姉たちにいじめられ、召使い同然の扱いをされると覚悟をしていたミシェルだったが、幸い、彼は考えていない方向で猫可愛がりされた。
義姉たちはミシェルを義弟ではなく、義妹として受け入れたのだ。
義姉たちが持っているお下がりの服は鮮やかな色で似合わないからと、洋装店に連れて行かれても淡いドレスを着せられ、彼女たちのお人形遊びの相手として気に入られた。内輪の遊びで終わるなら良かったが、悪戯で届いた女子の制服を着て、学園に通うことになってしまったのだ。
清貧を美徳にしていたミシェルは今から義父にお願いをして、新しく男子生徒用の制服を作って貰うなんて真似は出来なかった。
ミシェルは自分だけが我慢すれば、うまく回ると思っていたことが、彼の不幸の始まりだった。
本当は男なのに、周囲からは女生徒扱いをされたことに始まり、男子生徒たちからは婚約者そっちのけで、自分に求愛をしてくる日々に理解が追いつかなかった。
学園の女子たちは次第にミシェルに敵対心を隠せなくなっていく。
「ねぇ、あの子、あのヒロインに似ていませんこと?」
「本当に。どうして、ロベリア様は放っておかれているのかしら?」
当時、学園の子女たちの教育として一冊の本が流行をしており、彼女たちはその本を教訓にしていた。
他国で婚約破棄をされた高貴な令嬢が、自分の経験を事業にすれば領地の繁栄に繋がるのではないかと考え、演劇から流通させ、子女たちの教育となりつつある。
悲しみを財政へと運用した令嬢が伝えたかったことを、間違った方向で受けとめてしまった貴族が自分の婚約者に婚約破棄を行ったが、大抵は下級貴族たちの暴走ということは彼女たちの記憶にも新しい。
「あの方のことだもの。きっと、小者だと思われているのよ。男性にちやほやされていることで図にのってますわよね。ほら、伯爵家のあの子の婚約者も夢中だとか」
「真実の愛だと言い張って地位を得た子爵令嬢も後から、ほかの男性と同時に交際していることが発覚したのよね。いつか、報復されますわ」
そんな不名誉な噂に自分は男だと、はっきり伝えられたらどれだけ良かっただろう。
王太子であるサリナースが自分に似合うからと、白い薔薇の花束を多くの生徒たちが目にする庭園前で贈ったことでミシェルの立場はより悪化を辿る。サリナースに『自分は男です』と告げたら、ミシェルを淑女のように扱っている彼に恥をかかせたことで、男爵家が取り潰しになるかもしれない。
自分は平民に戻っても構わないが、家族が犠牲になることは避けたかった。
ミシェルは仕方なく令嬢としての作法も真似することで、より淑女らしくなってしまう。
『殿下にはロベリア様がいますのに』
『あの方、自分の顔を武器に殿下に取り入ったらしいわよ』
ミシェルはサリナースのことなんて、微塵も好きでもないのに、曖昧な対応をしていたばかりに彼の恋心を狂わせていた。
「来たか。ミシェル」
昼休み、ミシェルはサリナースに命じられて、仕方がなく生徒会室で昼食を食べている。ミシェルが訪れたことで、サリナースは嬉々として椅子から立ち上がった。
晩餐会のように並べられた食事を横目で見て、ミシェルは曖昧な笑みを見せた。
サリナースがミシェルの髪を撫でると、二の腕に鳥肌が立ってくる。
「ミシェル。私はあの女とは婚約破棄をして、お前を必ず、王妃にするから。待っていてくれ」
「……えっ」
誰が、王妃に……サリナースの妻を望んでいると言ったのだろう? 少なくともミシェルは彼にロベリアと別れ、自分を選んでくれだなんて言っていない。
王太子サリナースは公爵令嬢のロベリアと近い将来、結婚することは政治的な事柄を含めた王が定めた契約だ。
それなのに、ロベリアとは婚約破棄をして、ミシェルを自分だけの妃にすると言われてしまったその日に、サリナースの婚約者から薔薇の刻印入りの手紙が届けられた。
「逃げよう。それしか方法がない」
ミシェルは学園を退学して隣国に逃げようと決意を固めたが、それすら見透かしていたように、『お母さまが大事なら、必ず、来るように』と綴られている。
公爵令嬢ロベリアの噂は社交界に鈍いミシェルでも知っている。
彼女は醜いものが嫌いで美しいものだけが好き。
しかし、ロベリアの美の判断基準は誰にも分からないのだ。
ロベリアの友達、いや信奉者のひとりは子爵家の令嬢だ。髪は茶色で顔も雀斑があり、お世辞にも美人とは言えない。
そんな子爵家の彼女のことを馬鹿にした伯爵令嬢の家を、ロベリアは自らの手で破滅させたのだ。正直、ミシェルも子爵令嬢より伯爵令嬢の方が美人であると思っていた。
自分はきっと、婚約者の心を奪ったと思われた彼女に暗殺されるか、運が良ければ学園から追放されるに違いない。
覚悟を決め彼女の茶会へ出向くと、ロベリアはミシェルの顎に手をかけ、顔を左右に傾けた。
「あなたがサリナース様のお心を奪った、インキュバスかしら。私、悪魔は初めてみましたわ」
「な、なんです? インキュバスって」
「あら、ご存知ないの? 学園ではあなたが多くの男子生徒を魅了しているって有名なのだけど」
「ぼ、僕は」
困ってるんです、と伝える前にロベリアはマイペースなのかミシェルの話を折ってしまう。
「私はあなたが殿下の側室になろうと、愛人であろうと、どちらでもいいのだけれど」
「お、恐れながらロベリア様はご、誤解してます。まず、僕は男ですし、殿下のことをお慕いしていません」
ロベリアは後ろに控えていた女生徒に目配せする。
「我が国では男性も愛妾になれるの」
ロベリアの言葉にミシェルは青ざめていく。
今、サリナースはミシェルのことを女だと思っているが、彼の恋に酔いしれている姿だと男だと知っても、自分を愛妾にするとも言い出しかねない。
サリナースの独占欲を考えれば、ミシェルを待っているのは閉鎖された世界だ。
「私のような高位貴族は退屈を憂いていますの。今、学園で私とあなた。ふたつの派閥が出来ていますわ」
「……は、はぁ」
「鈍い子ね。つまり、あなたを見せかけの女王蜂にすれば将来、美味しい蜜を吸えると思っている輩が、あなたを担ぎ上げようと画策していることはお分かり?」
「すいません。仰っている意味が僕には分かりません」
「真実の愛だという宣言から他国同様、あなたを殿下の妻にして、将来、権力を握ろうとしている生徒が多いこと。幸い、あなたの中性的な美貌から男女の性別なんて、外側からは分からないし、真実をサリナース様が知ったところでお世継ぎには養子をとればいいと考えるでしょうから」
その言葉にミシェルは真っ青になる。
仮にも次期王になる人の命令とならば、自分の意思に関係なく、ミシェルは彼の物にならなくてはいけない。
傍目からみても震えが分かるミシェルの頬をロベリアはゆっくりと撫でる。冷たいと思っていた指先は暖かい。
「可哀想に」
「ロ、ロベリア様?」
「ねぇ、ミシェル。あなたは私の信念は知っているかしら?」
「美しいものがお好きで、醜いものがお嫌いなんですよね」
「ええ。ですから私、サリナース様のお顔もみたくなくて。けれど、私も貴族の端くれですわ。王が命じるなら政略結婚も自分の義務だからと諦めていましたの」
「……えっと」
ミシェルからすれば、ロベリアがなにを自分に伝えたいのかが分からない。
「あなた、サリナース様の愛妾と私のもの。どちらになりたいかしら? あなたが私のものになりたいというのなら、私も覚悟を決めますわ」
ミシェルはロベリアの顔を伺った。彼女は綺麗な微笑みを浮かべる。ロベリアに見惚れてしまったミシェルは喉を上下させた。
上擦った声で彼女の問いかけの答えを口にする。
「僕……僕は、ロベリア様のものになりたいです!」
「決まりましたわね。少し、痛いと思いますが、いい子にしていればご褒美をあげますから」
「い、痛いのは嫌です」
「困った子ね」
「で、でも、我慢します」
「ふふっ、いいこ」
ロベリアの顔が近づくことでミシェルは真っ赤になる。その過激な性格から誰も口には出さないが、ロベリアは艶やかな美女だ。
艶やかに揺れる黒髪、コバルトブルーの瞳の色を持つ彼女はミシェルの耳朶に触れる。微かに香る薔薇の匂いにミシェルはまぶたをギュと閉じた。
「……っ」
耳朶の痛みはどうやら、ロベリアが自分の耳に穴を開けたからだと知る。耳には彼女の瞳と同じ、青い石が嵌められていた。
「ミシェル。お口を開いて」
彼女に言われたまま、口を開くと、机の上に置いてあったクッキーがひとつ差し込まれる。
「ご褒美よ」
クッキーより、彼女の指先の柔らかさの方がご褒美のようだと思ったら不敬にあたるのだろうかと、ミシェルは思わず、楽しそうな彼女を前に縮こまってしまった。
*
「どういうことだ! ロベリア‼︎」
翌日、ミシェルはロベリアの信奉者たちと昼食を一緒に食べていた。自分が生徒会室に行かなかったことで、サリナースが来たのだろう。
「なんのことかしら?」
「お前が可愛いミシェルに無理強いをしてると聞いたぞ! そんなに私のことが好きなのか‼︎」
サリナースの発言に、ロベリアは我慢が出来ないと噴き出す。周囲もロベリアを合図に可笑しそうに、クスクスと笑い出した。
「……っ、なにがおかしい」
「サリナース様も面白い冗談が言えるようになりましたのね」
「冗談だと? 性格の悪いお前とは違って、俺は奥ゆかしいミシェルを妻にすると決めたんだ!」
「残念ですこと。ミシェル、見せておあげなさい」
ミシェルが髪を掻き分け耳のピアスを見れば、サリナースが顔を青くする。
「そ、そんなミシェル……お前がこの女と」
「横恋慕はサリナース様の方ですわ。それでは、ごきげんよう」
ロベリアが軽く、手を叩けば生徒会の面々が魂の抜けてしまったような彼を引きずっていく。あまりにも早く、彼が自分を諦めてくれたことにミシェルは首を傾げた。
「お姉さまって本当、お手が早いわよね」
「昨日の今日でミシェルさんをお手つきにしたのでしょう?」
彼女たちの喜色めいた言葉に、ミシェルはピアスの意味を聞く。
「このピアス、なにか意味があるんですか?」
ミシェルの問いかけに女生徒たちは顔を赤く染めるが、ミシェルは分からない。
隣に座っていた少女が耳元に告げた言葉に、ミシェルも周囲と同じくらいに顔を紅く染めた。
王太子はロベリアと一夜を共にしたと思ったのだ。
「ロ、ロベリア様」
「あちらが勝手に誤解をしたことよ」
ロベリアはあえて訂正する気はないらしい。学園内の二派閥はロベリア一強となり、ミシェルはロベリアまで堕とした小悪魔だと言われるようになってしまった。
しかし、サリナースは諦めが悪く、その後も自分に高価な贈り物を送って来たり、ロベリアの悪口を言ったりしていたが、ロベリアが自分と一緒にいられないときには子爵家の令嬢であるアナが自分の盾になってくれた。
ミシェルは彼女を噂でしか知らなかったが、アナは正直なだけの優しい子だ。
「ご、ごめん。アナ」
ドア付近には伯爵家の男子生徒が気絶している。
教師から教材を持ってくるように頼まれたミシェルが準備室に向かえば、待っていたのは彼だった。
『俺の愛しの天使が魔女の手先になるわけがない』と言った彼を、アナは手刀で黙らせたのだ。
「まったく! 自分の身は自分で守りなさいよね? 既成事実を作られても文句は言えないわよ?」
「う、うん。ロベリア様もお強い方が好きかな」
「あんただけがロベリア様を好きなわけじゃないんだからね!」
「わ、分かってるよ」
ロベリアは面白いという理由でミシェルの性別を改めて、公にすることはなかった。
だから、アナも自分のことを女友達と思っているだろうが、男であるのにロベリアたちに守られている現状にミシェルは情けなくなる。
「どうして、僕によくしてくれるの?」
「ロベリア様に頼まれたからよ! ロベリア様には恩があるしね。あんたも私があんたの立場ならそうするでしょう?」
「……うん」
「申し訳なく思うなら、少しでもロベリア様のお役に立つことね!」
「……わ、分かった」
「まぁ、あんたが来てから、ロベリア様が楽しそうなのは認めてあげるわ」
*
「ミシェ! も〜、大変だったんだから!」
「ご、ごめん」
「あんた。なにが大変か分かってないでしょう!」
「……ごめ、いや、な、なにがあったの?」
義姉のひとりに怒られて、ミシェルは縮こまる。
学園の長期休みミシェルは公爵家の客人として招かれていたが、いつしか領地を切り盛りするロベリアの手伝いをするようになっていた。
しかし、今回は義姉から一度は帰ってこいと厳しく言われていた為、休みの前半は久しぶりに屋敷に戻ることにした。
屋敷に入れば彼女たちからの説教が待っていたのだ。
「お義母さまが連れ去られそうになったのよ!」
「えっ、母さんが!」
慌てて、部屋に行こうとするミシェルを義姉が留める。
「一度や二度のことじゃないわ。多分、王太子さまの配下だと思うんだけど」
「……僕のせいで」
「ロベリア様に感謝をして」
「ロベリア様に?」
「あの方が内緒で護衛をつけてくださっていたのよ」
ロベリアからの手紙で母のことで脅迫をされたと怯えていたミシェルだったが、自分を例にして高位貴族が下の人間を従わせることは簡単なことだと分からせたかったのだとミシェルは今になって気づいた。
彼女の優しさは分かりにくい。
「僕、どうすれば」
「簡単なことよ! ロベリア様にもっと、気にいられるように努力をすればいいのよ」
「……そうだね。僕、ロベリア様のお役に立てるように頑張るよ」
まずは彼女の行っている仕事を少しでも理解出来るようにと、公爵家に戻る前にミシェルは図書館で本を借り、遅い時間まで勉学に励んだ。
公爵家に戻ってお礼を告げたところで、予想をした通り、ロベリアにはとぼけられるだけだった。
しかし、珍しく、彼女がひとつだけ願い出たことが王宮のパーティーに一緒に出席することであり、まさか、ロベリアがサリナースと婚約破棄を告げるとはミシェルも思わなかったのだ。
「ロベリア様。よろしかったんですか?」
「言ったでしょう? あなたが私の物になったとき、私も覚悟を決めますって。……はぁ、そんなことよりもお母さまのお説教を聞く方が厄介だわ」
「……でも」
「いいこと? ミシェル。あなたは悪くないのだから、自分の気持ちには正直でいなさい」
「はい、ロベリア様」
*
その後、王太子が廃嫡されたり、ロベリアの弟が王女の婿に選ばれたことで、ロベリアが次期当主となったりしたが、相変わらず、自分たちの関係は変わっていないとミシェルは思う。
ロベリアが婚約破棄をする前、サリナースが男の自分を追いかけまわしていることが社交界で噂になったら、どうするのかと、事前に父を通して王を脅迫していたと知り、ミシェルは卒倒しそうになってしまった。
『おじさまは姪である私には優しいですもの』
ロベリアはそう言ったがそれだけではないようにミシェルは思う。彼女なら面白く吹聴するだろうと思い、関係者たちには皆、口を噤んだのだ。
「ミシェル。あなたそろそろ、本当に私のものにおなりなさい」
「? 僕はロベリア様のものですよね?」
ミシェルは白い封筒に赤い蝋を垂らして薔薇の刻印を押す。過去、ミシェルはロベリアから、薔薇の刻印入りの手紙を受け取って困り果てていたことを思えば、自分の気持ちの変化に思わず、口元を緩めてしまった。
その姿を見てしまった使用人たちが倒れることに小首を傾げた。ロベリアは軽く、手を叩くと、ほかの使用人が倒れた同僚を連れていく。
ロベリアは固い扉を閉めてしまった。
「ふたりきりね」
「ロ、ロベリア様! 僕なんかとまた噂になっちゃいますよ‼︎」
「あなたに慣れてもらうことが目的だもの。私とふたりきりだとミシェルは逃げてしまうでしょう? 私たちは結婚するんだし」
「えっ? け、結婚⁉︎ ロベリア様って僕のことがお好きだったんですか?」
「鈍い子ね。好きじゃなきゃ、自分の傍におかないわ」
「えっ?」
ロベリアの言葉に動揺したミシェルは抱えていた手紙を床に落としてしまう。
当時の王太子が愚かな振る舞いをしても、ロベリアが将来、諸外国との橋渡しもうまく行ってくれるからと貴族たちは安心していたが、彼女はその道を選ばなかった。
学園はサリナースが将来、王としての素質があるのか、見定めの場であったとも聞く。
「ロベリア様は僕を選んでくれたってことですか?」
「そうよ、嬉しい?」
「ロベリア様」
「なに?」
「あなたに乞われたあの日から、僕はロベリア様だけのものです」
「知ってるわ」
やはり、ロベリアが微笑んだ顔は薔薇のようだとミシェルは思う。
一輪しかない薔薇を摘んだのは、他でもない自分だったことに、ミシェルも恥ずかしそうに笑った。
【了】
数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。




