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光は、約束を残して消えた──人気アイドルの死の真相を追う幼なじみの話  作者: みかん


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9/23

思い出の肉じゃが

 翔が練習に戻ってから数時間後、地下から響いていた音楽が止み、やがて複数の足音が階段を上がってきた。


「え、なにこの匂い!」


 リビングのドアを開けて真っ先に反応したのは和樹だった。


「めっちゃええ匂いするんやけど〜!」


 ドアをくぐり、湯気の立つ食卓を見て目を輝かせる和樹。


 テーブルの中央には、大きな鍋。

 その中には、ほくほくのじゃがいもと、照りのある肉。甘辛い匂いが部屋いっぱいに広がっていた。



「肉じゃが、作ってみたんだけど……」




 ひかりが少し控えめに言うと、



「最高やん!!」



 和樹が即答でこたえてくれる。みんなはお箸と取り皿、白ごはんを抱えてテーブルにつく。いただきますとそれぞれが口にして、練習終わりのぺこぺこのお腹にご飯をかき込んだ。




「うわぁ……おいしいー、これ、実家の味や。なぁなぁ遼太郎、覚えてる? 俺ん家の肉じゃが」


「覚えてる覚えてる」


 遼太郎は笑いながら和樹の頬についた米粒を指で取る。


「和樹の母ちゃん、3人家族やのにめっちゃ量作ってたよな。俺、部活帰りに寄って、それ平らげてた」


「そうそう! お金ないのに食べてってー! ってめっちゃ誘うねん、うちの母ちゃん」



 二人の会話に、ひかりの手が一瞬止まった。





(……家族との思い出か。はるちゃんも肉じゃが好きだったな。)




 孤児院でも、肉じゃがは定番だった。



 大鍋で作って、みんなで皮を剥いて、味見をして。遥香はいつも味見でお腹いっぱいになって、調理のおばちゃんに怒られていた。おばちゃんの声や遥香の笑い声まで、鮮明に蘇る。


 2人の温かい会話が自分の大好きな記憶と重なり胸がギュッとするひかり。寂しさで涙腺が緩みそうになるのをなんとか堪える。


 故郷の話に花を咲かせている2人の会話をあまり聞かないようにしようと、ふと総司の様子に目をやる。


 総司は肉じゃがを何を思っているのかわからない表情で黙々と食べ続けていた。


 何も言わない総司の様子に気づいて、ひかりは味付けが心配になる。



(おいしくなかったかな?)


 ひかりの不安な様子に気づいていない総司は、黙々と食べながら、小さな声でぽつりとつぶやいた。


「……美味い」


 それだけだった。


 しかし、その一言でひかりの胸がふっと軽くなる。作ってよかったと心からの安堵があふれた。


 翔はというと、黙って食べていた。


 やがて顔を上げ、


「……変わってないな」


 誰にともなく言う。


「孤児院の味」


 ひかりは小さく笑った。


「やっぱり分かる?」


「ああ」



「「はちみつ」」



 はちみつはおばちゃん直伝の隠し味。重なった声に2人は目を合わせて笑い合った。


 そんなこんなで初めての食事が終わり、ひかりは一人キッチンに立った。


 食器を洗いながら、胸の奥がじんわりと温かいのに気づく。



(ちゃんと、役に立ててる)



 ここは、ただの居場所じゃない。

 仕事場で、生活で、そして、真実へ近づく場所。


 水の音の向こうで、男の子たちの笑い声がする。仲の良さそうな雰囲気が孤児院の様子と被った。


 ひかりは、気合を入れるため、エプロンの紐を結び直す。


(よし)


 自然と、気持ちが前を向いた。


 この家で、やれることは全部やろう。

 それが、遥香に近づく一歩になるなら。



 気合の入ったひかりは、鍋の底に残った肉じゃがの汚れを落とすために、ゴシゴシたわしで擦る。お鍋を洗う水音が、キッチンに規則正しく響いた。


 ひかりが黙々と手を動かしていると、その背後で、足音がひとつ聞こえた。


 振り向く前に隣に人の気配、翔だった。


 何も言わずエプロンもつけずに流しの横に立つ。




「翔はゆっくりしてきてね。私の仕事なんだから」



 頑張るよ! というと、翔はフルフルと首を振った。



「後片付けまでが孤児院のルールだったから」




 翔はそう言ってその場から離れない。家族のそばにいたい。そんな日もあるようだ。


 ひかりはお礼を口にして洗い物を続ける。



 しばらくすると片付けも終盤。


 ひかりが鍋を持ち上げようとすると、翔が先に手を伸ばした。



「重いだろ」


「ありがとう」



 それだけのやり取り。でも、心地よくて安心した。



 すべて洗い終え、キッチンが静かになった。他のメンバーは個室に戻ったようでキッチンには2人きり。




「これからのこと、話し合おう」


 翔がぽつりと言った。


 ひかりはこくりと頷く。



 翔の部屋は、引越しの初日だからか必要最低限のものだけが揃った質素な空間だった。ベッド、机、ハンガーラック。そして今日持ってきた手荷物。


 ひかりと翔は、小さな机を挟んで向かい合った。


「……今後どうする?」


 翔が真っ直ぐひかりを見る。目には初日の疲れと緊張が混ざっていた。


「今日、私オーディション受けずに落とされたって言ってたよね? やっぱり何かあると思う。まず調べたいのはあのおじいさんかな」



 ひかりは机の上にノートを広げ、考えをまとめていく。


 翔は黙って頷いた。


「俺も今日、そのじいさんに遥香のことを知ってるか聞かれた。孤児院は一緒だけど男女で仲悪くて知らないって誤魔化した」




 ひかりの表情が強張る。



「他には何か聞かれた?」


「それだけだった。やっぱり、何かある気がする」



 翔の言葉にひかりは小さく息を吐いた。孤児院から4ヶ月前知らされた事が頭をよぎる。



 遥香の死因だ。


 冬の海への飛び込み、事故か自殺かは不明。事件性はないと言われた。問い合わせしても捜査中と言われるだけ。葬式も簡素化され、孤児院関係者は誰も呼ばれなかった。抗議したが謝罪はなくお墓の住所だけが送られてきたのだ。



 翔は目を伏せ、拳を軽く握った。



「情報が少なすぎるな。じゃあ、これから俺はレッスンや現場で遥香の当時の様子の聞き込み、遥香の所属グループとの接触を図る」



「うん。私は社内や事務所周りで、裏の人間を探る。まずはこのおじいさんだね。


でも……落とされたのに接触したらまずいよね」



 ひかりはノートにメモした情報を指でなぞる。



「そうだな。まずは仕事で信用を得る。やめさす事ができないくらい実力つけて、じいさんには接触しよう」




「そうだね。まずはおじいさんのこと調べるよ。後、連絡はすぐに取って、危険を感じたら無理せずだよ」



 ひかりは翔までいなくなったら困ると強い口調で伝える。



「約束する。…これ以上家族は失えない」



 翔は短く息を吐き、肩の力を抜いた。



「じゃあ、明日からも頑張ろう!」



二人の間に、静かだが強い決意が流れる。テーブルの上に残る茶の匂いと、夜の静寂が二人を包んだ。


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