翔の気苦労
黒田は家の中で仕事のやり方を一通り説明すると、時計を見て軽く手を叩いた。
「じゃ、今日はここまで。あとは若いもん同士で仲良くやってくれ。ひかり、まだ部屋余ってるから案内してもらうんだぞ!」
黒田は次の仕事があると言い残し、さっさと玄関へ向かっていった。
扉が閉まる音がして、家の中に残されたのはひかりと、これから共同生活を送る男の子たち。
「じゃあ、部屋見に行こか! 俺、案内するわ」
和樹はこっちこっちと手招きしながらひかりを呼んだ。なぜか他のメンバーもぞろぞろとひかりの後をついてくる。
階段を登り、廊下を突き当たると空き部屋が二つ並んでいた。
「どっちでもええよ。好きな方つかってな!」
和樹が言うと、ひかりは二つの扉を見比べた。
片方は角部屋で、窓が大きく日当たりも良さそう。もう片方は隣の部屋と近く、少し影になる位置だった。
誰がどう見ても明らかに角部屋が魅力的。
「じゃあ、こっ——」
ひかりが日当たりのいい方を指そうとした瞬間。
「こっち」
被せるように、翔がもう一方の扉を開けた。
「え?」
「ここ。ひかりの部屋」
有無を言わせない口調だった。
「ちょ、翔、そっち日当たり悪いで?」
和樹が不思議そうに翔に声をかける。
「いいから」
総司が腕を組み、ふうん、と面白そうに眺めた。
「翔、意外と強引だな」
遼太郎はニヤニヤしながら口を挟む。
「隣、翔の部屋やん〜」
「……そうだけど」
ひかりは一瞬、口を尖らせた。
「別にいいけどさ。暗いなぁ、この部屋」
「寝るだけだろ」
「そうだけど!」
軽く言い合う二人を見て、和樹が笑う。
「まぁまぁ、後で模様替えしたらええやん!」
結局、翔の強引さに押し切られる形で部屋は決まった。
ひかりは少し不服そうにしながらも、荷物を置く。
(まぁ、ここが拠点になるなら……)
自分に言い聞かせるように、ひかりは小さく息を吐いた。
⸻
その後、男の子たちは地下のレッスン室へ向かった。
重低音の音楽が、床下から微かに響いてくる。
ひかりは一人、キッチンに立っていた。
黒田が用意してくれていた冷蔵庫の中身は、想像以上に充実している。
「……すご」
野菜も肉も新鮮で、調味料も一通り揃っている。
(じゃあ、まずはちゃんとしたご飯作らなきゃ)
包丁を握り、リズムよく刻んでいく。
地下から聞こえる音楽に合わせて、自然と体も揺れた。
その時だった。
「ひかり」
背後から、低く抑えた声。
振り向くより早く、手首を掴まれた。
「ちょ、翔——!」
有無を言わせず引っ張られ、ひかりはキッチンを後にする。
階段を上がり、扉が開き、そして、
バタン。
翔の部屋だった。
「な、なに!? みんな練習してる——」
「全部聞かせて」
翔は扉を背にして立ち、ひかりを見下ろした。
「なんでオーディション受けられなかったのか。なんでここにいるのか。最初から最後まで」
ひかりは一瞬だけ目を伏せ、それから、ゆっくり話し始めた。
孤児院出身だと言われたこと。
理由もなく、廊下で追い出されたこと。
そして黒田に声をかけられたこと。
全部話し終えた時、部屋の中はしんと静まり返っていた。
少し沈黙が続き、その重い空気を吐き出すかのように、翔は長く息を吐いた。
「……はぁ」
深いため息。
「ひかりさ」
低い声。
「男ばっかりの家に住むってこと、軽く考えすぎ」
「……ごめん」
ひかりは素直に頭を下げた。ひかりだってそんな事はわかっている。
「でも、これしかなかったの。ここに入らなきゃ、はるちゃんに近づけなかった」
顔を上げて、まっすぐ翔を見る。
「私、怖くないわけじゃない。でも、何もしないほうが、もっと怖い」
翔は黙ったまま、ひかりを見つめていた。
そして、ぽつりと。
「……危ないことがあったら」
ひかりの肩におでこを置く。
「困ったら、すぐ言って。我慢すんな。俺に」
少し強く、念を押すように。
「約束な」
ひかりは、驚いたように目を開き、それから小さく笑った。
「……うん。約束する」
ひかりは心配性な家族の頭に手を置き、安心させるかのように撫でたのであった。
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