オーディション
翌朝。
ひかりはボブの髪をうちに巻いて化粧を施し、早めにホテルを出てオーディション会場へ向かった。
普通の人は緊張するのだろうが、ひかりはそれ以上に使命感に燃えていた。
はるちゃんの真実を掴むんだ、少しでも情報が欲しいとその思いばかりが先走り、落ちる可能性などこれっぽっちも考えていなかった。
受付で名前を書いて待機していると、突然、スーツ姿の年配の男性がひかりの名前を呼んだ。
「石見ひかりさん。少し、こちらへ」
柔らかな物腰で紳士な老人。しかし、ひかりに向ける目がまったく笑っていない。
ひかりは背筋がひやりとするのを感じながら案内に従った。
人がいない廊下の奥。
そこで、その紳士な老人は静かに告げた。
「申し訳ないが、あなたはオーディションを受けていただくことができません」
「え……? どうしてですか?」
声が震えた瞬間、先に理由を言われた。
「孤児院出身の方は、今回はお取りする予定がありません。方針です」
頭が真っ白になった。
「な、なんで?! そんな……私、書類で落ちてないですし。オーディション、受けるだけでも……!」
必死に言葉をつなげるひかりに、老人は淡々と首を横に振る。
「あなたなら分かるでしょう? 最近、孤児院出身の方がどうなったか。さぁ、お帰りください」
言い終えた瞬間、ひかりの腕を軽く押し、まるで邪魔者を扱うように出口へ誘導した。
ひかりは言い返そうと口を動かすが言葉が出ない。老人が何を言いたいのかが分かる。遥香のことだ。
ひかりは気づけば廊下に出されていた。
暖かい春の空気さえ、ひどく冷たく感じる。ひかりは無意識に視界がにじんだ。
(受けられなかった。遥香と私のこと書類で気づいたんだ。)
夢のほうではなく、遥香に繋がる唯一の道を閉ざされた気がした。同時にやはり、この事務所には何かがあると強く感じる。
悔しさと自分の無力さに打ちひしがれているひかり。とめどなく流れる涙がポタポタと床に落ちる。翔になんて言えばいいのだろうかと申し訳ない気持ちで佇んでいると、軽く肩をトントンと叩かれた。
ひかりが目を擦り振り向くと、そこには、真夏の海岸にいそうな黒光りした肌の男が立っていた。
スーツは異様にツヤツヤ。金色のネクタイだけが無駄に目立ち目がチカチカする。
ひかりはあまりの怪しさに一歩後ずさった。ひかりたちが育った田舎ではあまり見ないタイプ。少し怯えてしまう。
男はひかりの反応に気づいてがははと笑い、ポケットから名刺を差し出した。
「いやー、失敬失敬! 私こういうものでね!」
出された名刺をひかりは両手で受け取る。そこには
《マネジメント統括 黒田 将臣》
と黒光りの名刺に金の文字で刻まれていた。
「黒田……さん?」
「ああ。つい最近、中途で入ったばかりでね! あー、異業界からなんだけどさ! で、さっきの見てたよ」
黒田は廊下の奥へ視線を向ける。
「あの古株の統括、女性を主にマネジメントしてるんだけどね。見る目だけはあると思ってたけど、こんな原石を育ちで判断して落とすのはいただけないな」
育ちという言葉にひかりの胸が痛む。
黒田は声を落として続けた。
「僕は君は原石だと思う。でも、僕は主に男性マネジメント統括でね。僕じゃ君をデビューさせてあげられない。でもこんな原石手放したくないからさ。まずは別の形でこの事務所に所属しない?」
「別の形所属って?」
黒田はよくぞ聞いてくれたと金色のネクタイを指で弾く。
「住み込みの家政婦。
それと、マネージャー見習いだよ」
ひかりは目を見開く。
「新しくデビューさせる男の子たちが、一軒家で共同生活をする予定なのさ。しかし、衣食住のサポートと、現場の補助をする子がいなくてね。そこで君だ。その仕事をお願いしたい。その延長上で、君に余裕があるときは、歌やダンスのレッスンにも参加してもらう」
どう?! と黒田は指をパチンと鳴らしてひかりを指差した。
ひかりは戸惑いながらも、頭を整理する。
(衣食住の問題もお金の問題もクリアできる。何より遥香の事件を追うことができる)
黒田はひかりを後押しするかのように、優しい声で問いかけた。
「どうする? 君が望むなら……僕が責任をもって引き上げるよ」
その言葉にひかりはコクンと頷いた。
「……わかりました。よろしくお願いします!」
ひかりは覚悟を決めた。そう、遥香の真実を追う覚悟を。




