すれ違い
あの日から一ヶ月。
デビューまで、残り一ヶ月を切っていた。
ひかりは毎日、目が回るような忙しさの中にいた。
四人分のスケジュールをまとめ、黒田と打ち合わせをし、仕事を取り、現場に付き添い、連絡を取り、調整する。
マネージャーとして、ようやく形になってきた実感があった。
その分、翔とゆっくり話す時間はほとんどなくなっていたが、ひかりはその事を気にする余裕もなくなっていた。
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そして、今日は久しぶりに翔と2人きりで同じ現場。
楽屋でテーブルを挟み、ひかりはタブレットを開いてスケジュールを確認する。
「次の週、ラジオ二本入っててね。でも、移動きついから、合間のレッスン少し調整しようか」
「助かる」
翔は短く答える。
「あと、来月頭デビューでお披露目でしょ。衣装は――」
「……ああ」
会話は途切れない。
業務としては、何も問題ない。
でも。
(……なんか、距離あるよね)
声の温度。
視線の置き方。
以前より、ほんの少しだけ遠い。
ひかりはそれが気になって仕方なかった。
ずっと話し合いたかったが、どうしても時間が取れない。新しい土地で慣れない仕事に追われてるから、疲れが溜まって態度に出てるのかもしれないけど、それ以上に何かある気がする。
ひかりは翔の態度に胸が潰されそうだった。
テレビ収録の合間、休憩時間になった。
「水、買ってくるね」
そう言って、ひかりは楽屋を出た。
自販機の並ぶ廊下は人が少なく、少しひんやりしている。
(今日、落ち着いて話せたらいいけど。)
落ち込んでいく気持ちを抑えながら、ペットボトルを選んでいると…
「……あの」
背後から、女性の声。
振り向いた瞬間、ひかりの胸がきゅっと縮んだ。
(……この人)
以前、テレビ局で逃げるように立ち去った女性だった。
ひかりは一目見て気づいたが、彼女はひかりを見て一瞬戸惑ったあと、この間の相手だと気づかずに目を合わせた。
「翔くんの……マネージャーさん、ですよね?」
「……はい」
「これ、渡してもらえませんか」
差し出されたのは、小さな封筒。
「私から渡して迷惑になるといけないので……
よろしくお願いします。」
そう言い残し、女性は足早に去っていった。
名前も名乗らず、振り返りもせず。
ひかりは、その場に立ち尽くした。
(どうしよう)
――三秒。
3秒だけ考えて、そこからひかりは思い切って封を開けた。なぜだかこの中に翔の態度の秘密がある気がしたのだ。
中には、短いメモ。
この間のこと、話したいです
3日後、上羽駅近く
個室のカフェで
午後三時にきてください。
九条美空
綺麗な字で丁寧に書かれていたそのメモの内容にひかりの心臓は大きな音を立てた。
(接触してたの?!)
ひかりは驚きのあまり紙を胸に当て息を吸って、大きく吐く。
(……この間のことって何?!)
ひかりは驚いて高ぶる心を沈め、震える手を動かしスマホで手紙の写真を撮り、元通りに封をする。
楽屋に戻ると、何事もなかったように水を配った。
翔の前にも、いつも通り置く。そして、手紙も添えた。
「お水どうぞ。後、これも渡して欲しいって」
「ありがとう」
翔はひかりの様子に気づかない。手紙も受け取ってポッケに入れた。
ひかりは微笑んだまま、胸の奥で決めていた。
(翔のバカ。私、行くからね。)
違和感の正体を知るために。
翔が、隠している何かに触れるために。
ひかりは尾行を決意した。




