帰宅後の2人
ひかりはあの後、和樹と一緒に帰宅した。帰り道もたくさん話をして、ひかりは久しぶりに18歳らしく過ごしていた。
帰ってきて楽しさの余韻に浸りながら家事をするひかり。和樹はおみやげを実家に郵送するようで、郵便局に出かけて行った。
鼻歌を歌いながらお皿を洗っていると、玄関のドアが開く音が聞こえる。
「おかえりー!」
ひかりの声はいつもより少し弾む。
「ただいま」
翔が靴を脱ぎながら顔を上げると、キッチンに立つひかりがこちらを振り返る。笑顔が咲いていて目がやけに生き生きしている。
「翔、今日はどうだった?」
「……良かったよ」
「そうなんだ! 楽しくてよかった」
ひかりはそう言って笑い、手早くマグカップを流しに置いた。今日は帰ってきたら何か言われるだろうと思っていた翔は、ひかりの明るさの理由がわからない。
しかし、その謎はすぐに解けた。
「私もね、今日は和樹と出かけてきたんだ〜」
「……へえ」
翔は動揺する気持ちを抑えて短く返事をする。少し上擦った声にひかりは気づかない。弾んだような明るい声色でひかりは話を続ける。
「行ったのはね〜、花畑のマルシェ! 屋台いっぱいでさ、久しぶりに何も考えずに歩いた気がするよ」
ひかりはそう言って、くるっと一回転する。その仕草は、遥香が亡くなる前のあの頃のひかりそのままだった。
「人混みすごかったけど、楽しかったー!」
その言葉と笑顔が、やけに眩しく気づかないうちに翔を傷つける。
「……よかったじゃん」
冷たくなる声にひかりは気づかない。
「うん! なんかね、気持ちリセットできた感じ」
翔はそれ以上、何も言わなかった。
ソファに腰を下ろし、視線を落とす。
「翔もさ、たまにはそういう日、必要だと思うよ」
「……そうかもな」
ひかりは軽く頷き、冷蔵庫を開けた。
「夕飯、簡単なのでいい?」
「ああ」
キッチンに戻るひかりの背中は、昨日までの重さが嘘みたいに軽い。
(……昔みたいに笑ってたな)
翔は思う。
自分がいない場所で、自分の知らない時間で。
ひかりの気持ちが前に進んでいる。それはいい事なのに。
自分が今日ひかりを1人にした事もわかっている。ひかりが翔についてきそうになったのを止めたのも自分だと理解しているはずなのに。
翔の心にドロリとした気持ちが溢れてきそうになる。
(落ち着け俺。ひかりは家族で仲間なのに)
翔はひかりに対しての暗い気持ちに蓋をして心の隅に押しやった。気持ちを切り替えようと自室に戻った。
ベッドに仰向けになり、翔は天井を見つめる。
無理やり押し込めた感情の隙間から、今日の出来事が一つずつ浮かび上がる。
──舞台のあと。
──楽屋。
──九条美空の、あの一瞬の表情。
驚いたように目を見開いて、それからすぐに逸らした視線。
まるで、見てはいけないものを見たみたいな顔だった。
(ひかりを見て、じゃない)
翔はゆっくり息を吐く。
(……俺を見て、遥香って言った)
名前を知っているだけじゃ出ない反応だ。
ましてや、あんな言い方は。
九条美空は、俺と遥香の過去を知っている。それも、かなり深いところまで。
翔は小さく拳を握った。
(やっぱり、俺一人で動くしかないな)




