プロローグ
遥香が死んだ。
人気アイドルとしての彼女の名前は、もう誰も口にしない。
「事故? 自殺?」
テレビはそう囁く。事務所は沈黙する。携帯の着信は、二度と鳴らない。
でも違和感が、胸に残った。
はるちゃんの真実を追う。
残された二人はそう心に誓い、東京に向かうことを決めた。
──真実を確かめるために。
──消えた光を取り戻すために。
夕日に染まる街を見上げ、ひかりは小さく、でも力強く呟いた。
「絶対に、諦めない。」
そんな家族の物語。
ーーーー
ーー
ひかりが初めて未来に希望を見出せたのは、八歳のとき。
孤児院の勉強部屋で、翔と遥香と並んで夕日を眺めた、あの日だった。
ひかり、翔、遥香。
三人とも親の顔も名前もわからない。今では珍しいまっさらな子どもたち。
「……俺ら、珍しいらしいね。」
同じ小学二年生の翔が本を閉じながら言った。
「出生の記録ゼロ。めったにないってさ。」
その言葉に、ひかりの胸がきゅっと痛む。
薄々わかっていたけれど、はっきり言葉になると重さが違った。
「じゃあ……他の子は親がわかるけど、私たちは顔も名前もわからないし……会うこともできないってことだよね。」
声は震え、視線が床へ落ちる。
最近、同級生に言われた言葉が胸に刺さったままだ。
生まれてすぐ捨てられた、親の顔も知らないやつ。
翔は沈みゆく太陽を見つめながら、淡々と呟く。
「俺は親なんか興味ないから。」
……嘘だ、とひかりはすぐに分かった。
翔は、嘘をつく時だけ遠くを見る。幼いのに大人びたその癖を、ひかりはよく知っていた。
「私は、家族が欲しかったよ。なんで捨てたの? ずっと1人は嫌だ」
ひかりの目から涙がポロポロ流れる。溢れる涙を拭きながら夕日を見ていると、勉強部屋の戸がカラカラと開く。
二つ年上の遥香が、半べそをかきながら立っていた。
「はるちゃん……」
ひかりが呟くようにそう言うと、遥香はひかりの手をぎゅっと握り、そのまま抱きしめる。
同じ境遇でも、いつも優しくて、あったかくて、涙さえきれいな少女。
「ひかり、ごめん、聞こえてた。大丈夫だよ。私も親のこと、何にも知らない。いるのかもわかんない。でもね。いいじゃん。私も翔も、ずっとそばにいるから。1人じゃないよ」
そう言ってひかりを抱きしめる遥香。
ひかりの目からは悲しみじゃなくて暖かな涙が溢れる。
遥香はそっぽを向いていた翔の手も無理やり引っ張り上げ、三人はぎゅうっとくっついた。
「遥香、くるしい……!」
「翔! もっと力入れて! ひかりが寂しくないように!」
「あははっ! はるちゃん、顔真っ赤!」
三人は茹でダコみたいに赤くなって笑い転げる。
その笑い声が勉強部屋に広がった瞬間、ひかりの心の奥で長く沈んでいた闇がふっと軽くなった。
「……ねぇ。」
温まった三人の手をつないだまま、ひかりが言う。
「私たち、家族になろう。三人の……ほんとの家族。」
遥香は涙を溜めたまま強く頷く。
「それ! すごくいいとおもう!」
翔は少し目を丸くし、ふっと息を吐いた。
「……しょうがないな」
嬉しくなって、ひかりは続けた。
「もし、本物の親が来たら、私たちが断ろうよ。自分で選んだ家族がいるって、言ってやるの」
翔はふっと笑い心地よい低い声で応じる。
「よし、そうしよう」
遥香も力強くうなずく。
「本当の親が現れても、三人で断ろう。もう家族見つけましたってね。それでさ私たちの人生を最高にしよう! 私たちが捨てた親に幸せを見せつける人生にするの!」
ひかりは涙をぬぐい、二人に手を差し出した。
「それすごくいい!! 幸せを見せつける、家族を見せつける。今日から……私たちは兄弟。離れない。裏切らない。何を捨てても、家族だけは裏切らない」
翔が無言で手を重ね、遥香もぎゅっと握る。
夕日の光が三人を金色に染める。
──その瞬間、ひかりは初めて居場所を手に入れた。
そして、三人の家族は静かに動き出した。




