プロローグ
「煙草って、美味しいんですか?」
「ん~美味しくないかな」
そう言って、また一吹きする。ベランダの策の上に突っ伏している彼女の隣に座って横顔を眺める。斜陽の光に照らされた冥色の瞳はオレンジ色と混ざり合って、宝石だって言われても信じてしまいそうだった。
「……なら、なんで吸ってんすか」
「大人の気分になれるから……?」
白い煙がもくもくと、口の動きに合わせて空に消えていくのが面白かった。
「いや、あんたもう大人でしょ」
「それと、これは違うの」
また、一吹き。
「……俺も大人になりたいから、吸わせてよ」
大袈裟に首を傾げて彼女の顔を見上げながら言う。
「駄目だよ。君は未成年じゃん」
「一年も、二年も変わんないよ」
「逮捕されたくないもん、私」
「え~ケチ」
「ケチで結構」
「……どうしても駄目?」
「……どうしても吸いたいの?」
「……うん」
「なら……」
そう言って、彼女は目を瞑って一思いに煙を吸った。持っていた煙草を地面に落としてぐしゃりとサンダルで踏んでから、隣で座っていた俺の顔を両手で抱いて見下ろす。見下ろされた俺の周りには漆黒の髪のカーテンが出来上がっていた。視界には彼女しか居なくて、何処を見ても目が合ってしまう。そうしていると、顔を少し持ち上げられて、唇同士が触れ合って、俺の肺が煙でいっぱいになる。
「ん……っ、げっほ、っほ」
余りの苦さに、呼吸が出来なかった。
「んはは、やっぱ、子どもには早かったか」
腹を抱えて笑う彼女の姿に心底苛立ちを覚えた。
「んはは、はー、笑った笑った。」
「悪女」
そうキッと彼女を睨む。
「……ねぇ、煙草は美味しかった?」
「……まずかった」
「そっか……もう一回吸う?」
「吸わないよ、こんなまずいモン」
「なら良かった。君は、吸わないでね、煙草」
これが彼女との最後の約束だった。