静寂の中の鼓動、新たな命の兆し
子供たちが貴族院に入学し、リンドバーグ家はかつてないほどの静寂に包まれていた。アレクサンダーとエリザベスは、遠く離れた王都で勉学に励む子供たちの成長を喜びながらも、どこか物足りなさを感じていた。特にエリザベスは、賑やかだった食卓や、子供たちの部屋の静けさに、時折寂しさを覚えていた。
そんな中、エリザベス自身の体に、かすかな異変が起こり始めていた。最近、朝起きると気分が優れなかったり、好物だったはずのものが、急に食べられなくなったりすることが増えていたのだ。最初は疲れのせいだろうと思っていたが、その症状は数週間続き、日増しに顕著になっていった。
ある日の朝、エリザベスは、朝食の席で突然吐き気に襲われた。慌てて席を立ち、奥へと駆け込むエリザベスの姿に、アレクサンダーも驚き、心配そうに駆け寄った。
「エリザベス!どうしたのだ?どこか具合が悪いのか?」
「いいえ、あなた……大丈夫、ですわ。ただ、少し、気分が……」
エリザベスは、青ざめた顔でそう答えたが、その目には、どこか戸惑いと、そして微かな期待の色が浮かんでいた。
その日、エリザベスは、長年リンドバーグ家に仕える老女医を屋敷に招いた。診察を終えた老女医は、温かい笑みを浮かべ、エリザベスに告げた。
「エリザベス様。おめでとうございます。新しい命を授かっておられます」
その言葉に、エリザベスは驚きに目を見開いた。そして、ゆっくりと、自分の下腹部に手を当てた。そこには、まだ見ぬ小さな命の鼓動が、確かに宿っている。
「私が……また、子供を……?」
エリザベスは、信じられない気持ちと、そして深い感動に打ち震えた。子供たちが皆、成長して家を巣立とうとしているこの時期に、まさか新たな命を授かるとは、夢にも思っていなかったのだ。
その日の夕食時。アレクサンダーとエリザベスは、食卓で向かい合っていた。アレクサンダーは、エリザベスの顔色が優れないことを心配し、何度も「大丈夫か?」と尋ねていた。
エリザベスは、意を決して、アレクサンダーに告げた。
「あなた……私、お腹に、新しい命を授かりました」
エリザベスの言葉に、アレクサンダーは持っていたナイフとフォークを取り落としそうになった。彼の顔には、驚きと、そして信じられないといった表情が浮かんだ。
「エリザベス……それは、本当なのか?」
アレクサンダーの声は、震えていた。長らく子宝に恵まれ、もう子供ができることはないだろうと思っていた矢先の、予期せぬ知らせだったからだ。
「はい、老女医様が、そう仰いましたわ」
エリザベスは、柔らかな笑顔で頷いた。その目には、温かい光が宿っている。
アレクサンダーは、ゆっくりと立ち上がり、エリザベスのそばに歩み寄った。そして、そっと彼女の腹部に手を当てた。そこには、まだ微かではあるが、確かに新しい命の息吹が感じられる。
「まさか……この歳で、また父親になるとは……」
アレクサンダーの目には、感動のあまり、うっすらと涙が浮かんでいた。静かになったリンドバーグ家に、再び子供たちの声が響く日が来る。その喜びは、何物にも代えがたかった。
その知らせは、すぐに屋敷中の使用人たちにも伝えられ、リンドバーグ家は、一瞬にして歓喜に包まれた。マリアやグレゴリオ、フィン、そしてエミーリアも、皆、エリザベスの妊娠を心から祝福した。特に、エミーリアは、アリアの「森の精霊説」と、この妊娠を関連付けて、興奮気味に「アリア様が、新しい命を呼び込んでくださったのね!」と、他のメイドに囁いていた。
遠く王都で学ぶ子供たちにも、この喜ばしい知らせはすぐに伝えられるだろう。リンドバーグ家という静寂の館に、新たな命の鼓動が宿り、家族の絆は、さらに強く結びついていく。




