知の開拓者たち
アリアのその「声聞魔法」と研究の進捗は、既に貴族院の最先端をも凌駕するレベルに達していた。ライナー・グレンジャーは、アリアの才能が、自分一人の手で抱えきれるものではないことを悟り始めていた。彼女の発想力と洞察力は、この世界の魔法理論を根底から覆す可能性を秘めている。
(この才能を、このままリンドバーグ家に閉じ込めておくのは、あまりにも惜しい……!)
ライナー先生は、アリアの未来、そしてこの世界の魔法の発展のために、彼女の存在を学術界に知らしめるべきだと考えた。しかし、アリアの能力は前例がなく、常識外れのものが多いため、性急に公表すれば、誤解や排斥を招く危険性も孕んでいた。
そこでライナー先生は、まずは自身の信頼できる同僚たちに、アリアの研究の片鱗を見せることから始めようと決意した。彼らは、ライナー先生と同じく、既存の魔法理論に疑問を抱き、常に新しい可能性を追求している、柔軟な思考を持つ研究者たちだった。
数日後、ライナー先生は、王都にある自身の研究室から、二人の同僚を連れて、リンドバーグ家を訪れた。一人は、魔力の物質化とその応用を専門とするロジャー・アシュトン。もう一人は、古文書に記された失われた魔法の解読をライフワークとする、エディス・モルガンだ。彼らは皆、ライナー先生と同じく40代前後の、優れた学者たちだった。
「アレクサンダー様、エリザベス様。この度、アリア様にご報告させて頂きたいことがありまして、私の研究室の同僚を二人、お連れいたしました」
ライナー先生が説明すると、アレクサンダーとエリザベスは、少し緊張した面持ちで、彼らを出迎えた。王宮での一件以来、アリアの能力が外部に知られることには、常に細心の注意を払っていたからだ。
「ライナー先生のお知り合いであれば、どうぞ、ごゆっくりなさいませ」
エリザベスが、温かく二人を迎え入れた。
そして、一行はアリアの部屋へと案内された。ロジャーとエディスは、部屋の壁一面に広がる黒板の数々に、まず目を丸くした。
「これは……ライナー、一体どういうことだ?この部屋は、まるで小さな研究室ではないか!」
ロジャーが、驚きの声を上げた。エディスも、書かれた魔力回路の図や、古の言語で記されたような記号に、興味深そうに目を凝らしていた。
ライナー先生は、二人の反応を見て、満足げに微笑んだ。
「お二方、ご紹介しましょう。こちらが、この部屋の主、アリア・リンドバーグ様です。そして、この黒板に書き込まれているのは、全て彼女の研究の成果でございます」
ライナー先生の言葉に、ロジャーとエディスは、アリアの黒髪と真っ赤な瞳を改めて見つめ、驚きを隠せない。彼らは、ライナー先生からアリアの「声聞魔法」が持つ可能性について、ある程度は聞いていたが、これほどの研究を進めているとは想像もしていなかったのだ。
「アリア・リンドバーグ様。初めまして、ロジャー・アシュトンと申します。貴女様の研究内容に、大変興味があります」
ロジャーは、敬意を込めてアリアに頭を下げた。
「エディス・モルガンと申します。貴女様が動物たちから情報を得ていらっしゃるという話、ぜひ詳しくお聞かせ願いたく」
エディスもまた、知的な好奇心に満ちた眼差しで、アリアを見つめた。
アリアは、二人の学者の真剣な眼差しに、少し戸惑いながらも、ポルンを撫でながら、自分の「声聞魔法」と、動物たちから得た情報、そして「放送」という概念について、たどたどしくも懸命に説明した。
ライナー先生は、アリアの説明を補足するように、階層構造魔力回路の革新性や、響鳴石の共鳴理論について、二人の同僚に解説した。ロジャーは、アリアが描いた魔力回路の図を見て、感嘆の声を上げた。エディスは、アリアが動物たちから得たという、古の伝説と一致するような情報に、驚きを隠せない。
「これは……!まさに、世紀の大発見です!アリア様の発想は、既存の魔導具の概念を完全に覆すものだ!」
ロジャーは、興奮のあまり、眼鏡がずり落ちるのも構わず叫んだ。
「古文書に記された、『生命の声を聞く者』……まさか、それが現実になるとは……!」
エディスも、その学術的な衝撃に打ち震えていた。
アリアの部屋は、一瞬にして、三人の学者の熱気に包まれた。彼らは、アリアの才能が、この世界の魔法の未来を大きく変える可能性を秘めていることを確信し、その探求に深く魅了されたのだ。
この日、アリアの「声聞魔法」は、学術界の最前線へと、その扉を開いた。ライナー先生と彼の同僚たちは、アリアという「知の開拓者」と共に、この世界の魔法の常識を塗り替える、新たな冒険へと踏み出すことになったのである。




