魔女の才覚、貴族院を超越する知識
アリアが11歳の誕生日を迎えた、とある穏やかな日の午後。ライナー・グレンジャーは、いつものようにアリアの部屋で授業を行っていた。部屋の壁には、大型黒板三枚とキャスター付き黒板一枚が所狭しと並び、王宮周辺の地図、森の生態系、魔物の詳細な情報、そして複雑な魔力回路の設計図などがびっしりと書き込まれていた。もはや、それは「アリア・リンドバーグの書斎」というより、アリア自身の「研究所」と呼ぶにふさわしい空間となっていた。
この日の授業テーマは、「響鳴石と魔力波長の共鳴理論」についてだった。ライナー先生は、貴族院の最上級生でさえ理解に苦しむような、高度な魔法理論を説明していた。アリアの「声聞魔法」の根幹に関わるテーマであり、彼女の探求心を刺激するには最適な内容だった。
「響鳴石は、特定の魔力波長と共鳴することで、音の振動を増幅させる特性を持ちます。この共鳴現象を、より効率的に引き出すためには、響鳴石の結晶構造と、魔力波長の微細な調整が不可欠です。この図を見てください……」
ライナー先生は、黒板に複雑な数式と、魔力波長のモデル図を描きながら、熱心に説明した。アリアは、その説明に真剣な眼差しを向け、ノートにびっしりとメモを取っていた。時折、ライナー先生の説明に、疑問点を投げかけることもあった。
「先生。もし、響鳴石の表面に、魔力を吸着しやすい特殊な加工を施したら、共鳴効率はもっと上がるのではないですか?あるいは、魔力波長を複数同時に流して、より複雑な音色を響かせたら……」
アリアの言葉に、ライナー先生は、一瞬言葉を失った。彼女が指摘した内容は、貴族院の最先端の研究室で、ようやく議論され始めたばかりの、極めて高度な応用理論だったからだ。
「アリア様……貴女は、その発想を、どこで……?」
ライナー先生は、驚きに眼鏡を押し上げながら尋ねた。
アリアは、少し首を傾げ、ポルンを撫でながら答えた。
「えっと……ポルンやフクロウさんたちが、森の中で色々な音を出したり、響鳴石の近くで鳴いていたりするのを見ていると、自然と、そうなるんじゃないかなって……」
アリアの言葉は、彼女の「声聞魔法」が、ただ情報を得るだけでなく、自然界の魔力の摂理を、直感的に理解していることを示唆していた。彼女は、膨大な書物から知識を得るのではなく、自身の「声」と「耳」を通じて、この世界の根源的な法則を、体感的に学んでいたのだ。
ライナー先生は、その事実に、深く感銘を受けた。そして、同時に、ある確信を抱いた。
(アリア様に教えている内容は……もはや、貴族院のレベルを遥かに超越している。否、貴族院の教授陣でさえ、アリア様の発想力と洞察力には、追いつけないかもしれない……!)
ライナー先生は、アリアの才能が、既存の学問体系の枠に収まらない、まさに「天才」の領域にあることを改めて痛感した。彼女の学びの速度、そしてその独創的な発想は、ライナー先生自身の知的好奇心を、常に刺激し続けていた。
「アリア様……素晴らしい。貴女の洞察力は、このライナー、ただただ感服するばかりです。貴女の発想は、この世界の魔法の未来を、大きく切り拓くものとなるでしょう」
ライナー先生の言葉は、心からの称賛だった。アリアは、褒められて少し照れながらも、嬉しそうに微笑んだ。
この日、アリアの部屋は、単なる「情報司令室」ではなく、この世界の魔法の常識を覆す、新たな理論と発想が生まれる「魔法研究の最前線」となっていた。アリアの「声聞魔法」は、ライナー先生の導きと、自身の天賦の才によって、貴族院の枠をも超え、この世界の未来を大きく変える、計り知れない力へと成長を続けていたのである。




