お茶会の黒板論、母の秘めたる自慢
王都で巻き起こった「黒板ブーム」は、エリザベス・リンドバーグが主催するお茶会にも、大きな波となって押し寄せていた。客間には、アガサ・クロフォード夫人、イザベラ・ハートフィールド夫人、グレイス・ウッドブリッジ夫人が集い、話題の中心は、専らフローラ王女と、その驚くべき学習効果をもたらした「黒板」のことだった。
「エリザベス様、お聞きになりました?フローラ王女殿下が、黒板というものをお使いになって、学力が飛躍的に伸びたそうですわ!」
アガサ夫人が、興奮気味に紅茶カップを揺らしながら話した。
「ええ、我が家の娘も、早速黒板を用意させましたわ。フローラ王女殿下のように、歴史の年表や魔法の構造図を書き出させると、子供たちの理解が深まるようでございます」
ベアトリス夫人が、満足げに頷いた。
「わたくしも、息子に同じものを用意させましたわ。それにしても、アリア様は、一体どこで、あのような素晴らしい学習法を学ばれたのでしょう?さすがは、森の精霊に愛されたお嬢様ですわね」
グレイス夫人が、アリアの「森の精霊説」に触れながら、感嘆の声を上げた。
友人たちの賞賛の言葉に、エリザベスは内心でタジタジとなっていた。彼女は、アリアが黒板を欲しがった当初の、あの複雑な気持ちを思い出していた。ドレスやお人形をねだるかと期待していた娘が、まさか「黒板」を欲しがるとは。そして、その黒板が、今や王都の貴族社会を席巻するほどの学習ツールになっているとは、誰が想像できただろうか。
「そ、そうでございますか……アリアも、その……独自の勉強法を見つけたようでございますわね」
エリザベスは、なんとか平静を装って答えた。しかし、彼女の心の中は、矛盾した感情でいっぱいだった。
(まさか、王女殿下までが黒板をねだられるとは……。確かに、アリアの発想は素晴らしいけれど、それがここまで広まるとは思ってもみなかったわ)
そして、友人たちの言葉を聞きながら、エリザベスの脳裏には、アリアの部屋の光景が鮮明に蘇った。壁の三方に、大型の黒板が三枚も設置され、びっしりと書き込まれた地図や情報、魔力回路の図、そして動物たちの絵。あの光景は、もはや「貴族の令嬢の部屋」というよりも、どこか奇妙な「研究室」のようだった。
(うちのアリアは、部屋の三方に大型の黒板三枚をフル活用しています、なんて……とてもじゃないけれど、口が裂けても言えないわ!)
エリザベスは、そう心の中で叫んだ。もしそんなことを話せば、友人たちは驚愕し、アリアの「奇行」に眉をひそめるに違いない。娘の才能を誇らしく思う気持ちと、貴族としての体裁を保ちたいという気持ちが、エリザベスの心を揺さぶった。
「貴女様のご令嬢も、きっとその黒板で、学力を伸ばされているのでしょうね。やはり、アリア様のような天才肌の貴女のお子様は、違いますわ」
アガサ夫人が、エリザベスを羨望の眼差しで見つめた。
エリザベスは、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。アリアの才能が、王族にまで認められ、貴族社会に大きな影響を与えていることは、母として何よりも誇らしいことだ。しかし、その「誇らしさ」が、貴族社会の常識からかけ離れているがゆえに、誰にも明かせない秘密となっていることに、エリザベスは複雑な気持ちを抱いていた。
お茶会は、黒板の話題で盛り上がり続けた。エリザベスは、娘の「発明」が巻き起こしたブームに、タジタジとなりながらも、心の奥底では、アリアの持つ無限の可能性に、静かな期待と愛情を抱いていた。アリアの「声」と、その発想は、リンドバーグ家という小さな世界を越え、王国の文化と教育に、静かに、しかし確実に、変革をもたらし始めていたのである。




