闇夜のささやき、王女のための特別放送
王宮での夕食後、アリアはフローラ王女と共に、王宮の一室で過ごしていた。昼間の魔物騒動の興奮と恐怖は、まだ幼い王女の心を深く揺さぶっていたようで、フローラ王女は不安げな表情を浮かべ、何度もため息をついていた。
「アリア様……本当に、もう大丈夫なのでしょうか?また、魔物が出たりしないかしら?」
フローラ王女は、震える声でアリアに尋ねた。王宮の結界が破られ、魔物が侵入したという事実は、彼女の心に深い傷を残していた。
アリアは、そんなフローラ王女の手をそっと握った。自分の魔法が、王女の心を癒すために使えるかもしれない。そう直感したアリアは、懐に忍ばせていた、ごく小型のラジオ受信機を、こっそりと取り出した。それは、アリアが王宮に招かれる前に、ライナー先生の助言を受けて、王宮への手土産として極秘に作成していたものだった。
「王女殿下。もし、夜中に怖くなったら……これを、使ってみませんか?」
アリアは、フローラ王女の小さな掌に、その木製の受信機をそっと乗せた。手のひらに収まるほどの、可愛らしい木箱。フローラ王女は、不思議そうにそれを見つめた。
「これは……?」
「私の『放送』を聞くための道具です。夜の十時になったら、この横の小さなボタンを、一度だけ押してみてください。もし、王女殿下が眠れないようでしたら……私の声が、少しの間、王女殿下のおそばにいるように、お話ししますから」
アリアは、そう言うと、優しく微笑んだ。王女が喜んでくれるかどうか、分からない。しかし、自分の「声」が、不安に震える王女の心を、少しでも癒すことができるなら、と願ったのだ。
フローラ王女は、アリアの言葉に、目を丸くした。そして、その受信機を大切そうに握りしめた。
「アリア様……ありがとうございます」
夜は更け、王宮は静寂に包まれた。フローラ王女は、自室の豪華な寝台に横たわっていたが、昼間の出来事が脳裏に焼き付いて離れず、なかなか寝付けずにいた。不安と寂しさが、彼女の心を締め付ける。
やがて、時計塔の鐘が、荘厳な音色で夜十時を告げた。フローラ王女は、アリアの言葉を思い出し、ベッドサイドのテーブルに置かれた小型受信機に手を伸ばした。震える指先で、小さな起動ボタンを、そっと押した。
すると、受信機から、微かな「ザー……」というノイズと共に、アリアの優しい声が聞こえてきた。
「……夜の帳が降り、星々が煌めく時刻となりました。今宵、眠れぬ夜を過ごす、遠き地にいる大切なあなたへ……リンドバーグの小さな魔女、アリアがお届けする、『十六時の音色』、特別編です」
アリアの声は、王宮の広々とした部屋に、温かく響き渡った。フローラ王女は、その声に、驚きと、そして深い安堵を感じた。アリアの声は、まるで本当にすぐ隣で話しているかのように、鮮明に聞こえる。
「今宵は、リンドバーグ家に伝わる、ある温かいおとぎ話をお聞かせしましょう。遠い昔、深い森の奥に住む、一人の木こりの物語です……」
アリアは、ゆっくりと、穏やかな口調で物語を語り始めた。その物語は、幼いフローラ王女の心を、優しく包み込んでいく。昼間の魔物との戦いの恐怖、王宮の厳格な雰囲気。それらが、アリアの優しい声と共に、溶けていくようだった。
そして、物語の合間には、アリアの澄んだ歌声が響いた。それは、アリアがリンドバーグ家で「家内放送」を始めた時と同じ、古くからの優しい祭りの歌だった。その歌声は、フローラ王女の心に深く沁みわたり、不安で固くなっていた心を、ゆっくりと解きほぐしていく。
フローラ王女は、受信機を胸に抱きしめ、アリアの声に耳を傾けていた。アリアの「特別放送」は、王宮の闇夜に、一筋の温かい光を灯してくれたのだ。彼女は、王宮の厳格な規則の中で、孤独を感じていた自分に、アリアがそっと寄り添ってくれていることを感じ、心から感謝した。
やがて、アリアの物語と歌声は終わりを告げ、受信機からは静かなノイズだけが聞こえるようになった。しかし、フローラ王女の心は、すっかり穏やかになっていた。彼女は、アリアの「声」に包み込まれるように、安らかな眠りへと落ちていった。




