兄の誇り、変わる視線
貴族院の男子寮。レオ・リンドバーグは、日課である剣術の訓練を終え、汗を拭っていた。その日の訓練は、いつも以上に厳しいものだったが、レオの心はどこか満たされていた。妹のセレスティが、貴族院の最初の試験で首席を取ったというニュースが、学内を駆け巡っていたからだ。
食堂や廊下を歩けば、多くの学友や上級生がレオに声をかけてきた。
「レオ、聞いたぞ!お前の妹君が、首席を取ったそうじゃないか!」
「リンドバーグの癒しの魔法は素晴らしいと、教授陣も絶賛していたぞ!誇らしいだろう!」
かつては「落ちこぼれ」の妹がいると揶揄されることもあったが、今はその妹の功績が、レオ自身の評価をも高めている。レオは、内心で誇らしげに胸を張りながら、ぶっきらぼうながらも礼儀正しく返答した。
「ええ、まあ。姉は努力家ですから」
彼の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。セレスティの首席という快挙は、彼自身が貴族院でトップの成績を収めることとはまた異なる、温かい喜びをレオにもたらしていた。
そんな中、レオの親友でありライバルでもあるセドリック・ヴァーノンが、昼食の席でレオに声をかけた。
「セレスティ殿、見事な成績だったな、レオ。君の妹君は、本当に優秀だ」
セドリックの言葉には、心からの称賛が込められていた。レオは、その言葉に素直に頷いた。
「ああ。あいつは、昔から真面目だったからな」
すると、セドリックは少し意味ありげな笑みを浮かべた。
「しかし、リンドバーグ家のお嬢様は、優秀な方が多いと聞く。君のもう一人の妹君、アリア殿も、最近王都でとある噂になっているようだぞ」
レオは、セドリックの言葉に、思わず箸を止めた。
「アリアが、一体どうしたというのだ?」
「なんでも、森の精霊に愛された少女だとか。庭に小鳥たちを集めて、まるで歌い踊らせるかのような魔法を使うとかなんとか。我が家の母が、先日のお茶会で聞いたと、興奮して話していたぞ」
セドリックの言葉は、以前、ルシアから聞いたアリアに関する噂と合致していた。レオは、その噂が、単なる社交界のゴシップとしてではなく、王都の貴族たちの間で、アリアが特別な存在として認識され始めていることを意味していると悟った。
(森の精霊に愛された少女、だと……)
レオは、アリアの黒髪と、真っ赤な瞳を思い出した。そして、家を出る前、セレスティが「アリアの魔法は、きっとこの世界を……」と言いかけた言葉。あの時は、何を言っているのか理解できなかったが、今なら、その言葉の意味が、少しだけ分かるような気がした。
レオは、以前、アリアを「落ちこぼれ」と蔑み、その魔法の才能を否定していた。しかし、貴族院で多くの世界を見て、多様な魔法や才能の存在を知るうちに、彼の凝り固まった常識は少しずつ変化していたのだ。そして、セレスティの首席という功績と、アリアに関する「森の精霊説」の噂は、彼の姉妹に対する認識を大きく変えるきっかけとなった。
「あいつら……本当に、色々なことをしているのだな」
レオは、小さく呟いた。その声には、以前のような傲慢な響きはなく、代わりに、姉妹への理解と、少しばかりの驚き、そして、兄としての温かい眼差しが込められていた。
セレスティの成功は、リンドバーグ家の名誉を高め、レオのプライドを満たした。しかし、それ以上に、アリアの「森の精霊説」の噂は、レオの心に、妹たちの秘めたる可能性と、自分自身がまだ知らない「魔法」の世界の奥深さを強く意識させた。




