学びの始まり
バルドリックとセレーネ、そしてライナー・グレンジャーがリンドバーグ家を訪れて数日後、王都への帰路につく日が来た。玄関には、アレクサンダーとエリザベス、そしてセレスティとアリアが並んで見送りに立っていた。
「お父様、お母様、滞在中は誠にありがとうございました」
アレクサンダーが深々と頭を下げると、バルドリックは静かに頷いた。
「うむ。アリアの才能について、深く理解できたことは大きな収穫だった。ライナーには、引き続きこの家で、二人の教育を頼む」
バルドリックは、ライナーに視線を向けた。
「承知いたしました、バルドリック様。セレスティ様とアリア様の教育に、全力を尽くす所存でございます」
ライナーは、恭しく頭を下げた。
セレーネは、アリアの前に進み出ると、その黒髪を優しく撫でた。
「アリア、貴女の『声』は、とても美しい響きを持っているわ。その心を大切に、これからも学びなさいね」
セレーネの温かい言葉に、アリアは祖母の胸に顔を埋めた。
「はい、おばあ様。頑張ります」
バルドリックは、そんなアリアの頭に手を置き、その真っ赤な瞳をじっと見つめた。
「アリア。魔力の多寡が、全てではない。お前の持つ『識』の力は、この世界のあらゆる常識を覆す可能性を秘めている。恐れることなく、その道を究めよ」
祖父の言葉は、アリアの心に深く刻まれた。
そして、馬車は静かに門をくぐり、王都へと向かっていった。
祖父母たちが王都へと戻った翌日から、ライナーによるセレスティとアリアの本格的な家庭教師としての授業が始まった。彼が用意したのは、貴族院の初期カリキュラムに基づいた、歴史、地理、魔法理論、魔道具概論など、多岐にわたる学問だった。
午前中は、書斎でセレスティの授業が行われた。
「セレスティ様。貴族院では、まず世界の歴史と、各国の地理、そして基礎的な魔法理論を徹底的に学びます」
ライナーは、分厚い教科書を開き、流れるような筆致で黒板に要点を書き出す。セレスティは、その膨大な知識を、正確な理解力と持ち前の繊細な魔力操作に関する深い洞察力で吸収していった。ライナーは、彼女が癒しの魔法に長けていることから、魔力の流れや生命の法則に関する考察を深めるよう促した。
「セレスティ様は、生命の魔力との共感性に優れていらっしゃいます。これは、癒しの魔法だけでなく、あらゆる生命の根源に迫る、学術的にも非常に重要な才能です」
ライナーは、セレスティの才能を高く評価し、その学びの方向性を的確に示していった。
そして午後になると、ライナーはアリアの部屋へと向かう。アリアの部屋は、彼女の「情報司令室」として、そのまま授業の場となった。ライナーは、アリアの「声聞魔法」の特性を最大限に活かすカリキュラムを組んだ。
「アリア様。貴族院のカリキュラムに沿いつつも、貴女の授業では、より深く『声聞魔法』の原理と応用について探求します。特に、動物たちの生態、自然界の魔力の微細な流れ、そして響鳴石を含む魔導具の音響特性に焦点を当てていきましょう」
ライナーは、アリアの黒板の地図を指さしながら、地理と生態学を結びつけ、動物たちの移動パターンや、魔物の生息域と環境の関係などを教えていった。アリアは、自身の「声聞魔法」と直結する学問に、目を輝かせながら集中した。彼女は、ライナーの教えを通じて、自分が無意識に行っていた動物たちとの心の会話や、情報収集が、いかに学術的に重要な意味を持つかを理解し始めたのだ。




