古の賢者と、未来の「放送」
その日の夕食後、バルドリックはアリアを自室へと呼び出した。書斎で火鉢の炎が静かに揺れる中、バルドリックはアリアを向かい合わせに座らせた。その表情は、いつになく真剣だった。
「アリア。君の持つ『声聞魔法』と、あの『放送』について、詳しく聞かせてもらいたい」
バルドリックの言葉に、アリアは少し緊張した。祖父の鋭い眼差しは、まるで心の内側を見透かすようだ。しかし、ライナー先生との学びを通じて、自分の魔法に対する自信が少しずつ芽生え始めていたアリアは、落ち着いて話し始めた。
「はい、おじい様。『声聞魔法』は、ごく微量の魔力を声や音の振動に乗せて、特定の場所にいる相手に届けることができる魔法です。そして、『放送』というのは……その魔法を使って、もっとたくさんの人に、同時に声や音を届ける方法なんです」
アリアは、手元に置いていた小さな木箱型の受信機を、バルドリックに差し出した。
「この木箱を、色々な部屋に置いておけば、私の部屋から送った声が、みんなの部屋に届くんです。午後四時になると、みんな一息ついているから、その時間に、私がお話や歌を届けられたらと思って……」
バルドリックは、その木箱を手に取り、まじまじと見つめた。彼は、アリアの放送を体験し、その音色の美しさに感銘を受けていた。しかし、その背後にある「概念」が、彼の想像を超えていたのだ。
「特定の個人ではなく、『不特定多数』に同時に届ける……か。そして、その情報源は、動物たちがもたらすもの。確かに、それは従来の魔法の概念にはなかった発想だ。ライナーも、この『響鳴石』の応用には舌を巻いていた」
バルドリックは、魔導具の歴史に名を連ねる自身も、このような発想に至らなかったことに、わずかな驚きを感じていた。彼は、アリアの魔力量が平均以下であるにもかかわらず、これほど革新的な発想を生み出したことに、深い関心を抱いた。
「アリア。君は、なぜそのようなことを思いついたのだ?誰かに教えられたのか?」
バルドリックが鋭く尋ねると、アリアは少し俯いた。前世の記憶に触れることなく、この質問に答えるのは難しい。しかし、彼女は正直に、自分の内側から湧き上がった感情を伝えた。
「誰かに教えられたわけでは……ありません。ただ、私が幼い頃から、心の中にずっとあった、『声』を届けたいという気持ちが……。私は、魔力が少なくて、みんなのように派手な魔法は使えません。だから、私のこの声で、何か、みんなの役に立てることはないかって……そう、思ったんです」
アリアは、自分のコンプレックスと、純粋に人々を癒し、希望を届けたいという強い願いを、飾らない言葉で伝えた。
バルドリックは、その言葉を聞き、静かに目を閉じた。彼の脳裏には、幼い頃のアリアの姿が蘇る。いつも控えめで、しかしその瞳の奥には、どこか強い光を宿していた孫娘。そして、「落ちこぼれ」と蔑まれながらも、決して諦めなかった彼女の姿。
「そうか……『声』を届けたい、か」
バルドリックは、再び目を開け、アリアを真っ直ぐに見つめた。彼の表情は、先ほどの厳しさから一転し、深い理解と、温かい信頼に満ちていた。
「アリア、君のその魔法と、この『放送』という発想は、この世界の歴史を塗り替える可能性を秘めている。情報を伝える手段、人々の心を繋ぐ方法、そして何よりも、弱き者を助ける力となり得るだろう」
バルドリックの言葉は、アリアの心に深く響いた。自分の魔法が、そんなにも大きな可能性を秘めていると、祖父に認めてもらえたことに、アリアは感動で胸がいっぱいになった。
「ただし、だ。この力は、諸刃の剣でもある。誤った情報が流されれば、混乱を招く。悪意ある者に利用されれば、大きな災いとなる可能性も秘めている。だからこそ、君は、この力を正しく使い、守っていかねばならない」
バルドリックの言葉には、アリアへの期待と共に、その重い責任を自覚させるための、祖父としての深い愛情が込められていた。
「はい、おじい様!私、この魔法を、絶対に良いことに使います。みんなが、笑顔になれるように……」
アリアは、力強く頷いた。




