黒板の警告、母の焦燥
朝の光が窓から差し込み、アリアの部屋を優しく照らしていた。ポルンは、アリアの頭の上で丸くなって眠っていた。昨夜、夢中で黒板に情報を書き込んだアリアは、まだ深い眠りの中にいる。
やがて、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、エリザベスが部屋に入ってきた。
「アリア、起きていらっしゃい。もう朝よ」
エリザベスは、寝起きの娘の可愛らしい寝顔を見つめながら、優しく声をかけた。しかし、アリアは、まだ目覚める気配がない。エリザベスは、仕方なくアリアのそばに寄り、その肩をそっと揺り起こそうとした。
その時、エリザベスの視界に、部屋の壁に立てかけられた大きな黒板が飛び込んできた。昨日の夕方に運び込まれた黒板が、一面にチョークでびっしりと書き込まれている。アリアが夢中になっていたのは知っていたが、これほど多くの情報が書き込まれているとは思わなかった。
エリザベスは、何気なく黒板に目をやった。一枚の黒板には、見慣れない森の地図。もう一枚の黒板には、色とりどりのチョークで、様々な言葉や記号が書き連ねられている。珍しい花の名前、動物の生態、そして……
「〇〇村、魔物目撃情報:畑荒らし、危険」
その文字が、エリザベスの目に飛び込んできた瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。〇〇村、それはリンドバーグ家が治める領地の、すぐ隣にある小さな村の名前だった。畑が荒らされているという情報も、ただのイタズラではないことを示唆している。そして、「危険」という言葉が、エリザベスの胸に重くのしかかった。
「……アリア?」
エリザベスは、まだ眠っているアリアの腕を強く掴んだ。アリアは、その力強い揺れに、ゆっくりと目を開けた。
「お母様……?」
「アリア、これは……この黒板に書いてあること、本当なの!?村が、魔物に襲われているだなんて!」
エリザベスは、黒板を指さしながら、半ば悲鳴のような声でアリアに問い詰めた。アリアは、まだ状況を把握できていない様子で、きょとんとした表情を浮かべていた。
「えっと……それは、ポルンやフクロウさんたちが教えてくれた情報で……」
アリアが、たどたどしく説明しようとする。しかし、エリザベスには、娘の言葉が頭に入ってこなかった。彼女の頭の中を駆け巡るのは、領民の安否と、魔物の脅威だった。
「そんな!なぜ、もっと早く教えてくれなかったの!?これは大変よ!すぐに父様に知らせないと!」
エリザベスは、アリアの説明を聞く間もなく、慌てて部屋を飛び出した。メイド服の裾を翻し、足早に廊下を駆け抜けていく。アリアは、突然の母の剣幕に、何が起こったのか分からず、ただ呆然とエリザベスの後姿を見送っていた。ポルンも、心配そうにアリアの顔を見上げている。
エリザベスは、書斎で朝食前の書類仕事に目を通していたアレクサンダーの元へ、息を切らして飛び込んだ。
「あなた!大変です!アリアの部屋で、とんでもないことを知ってしまいましたわ!」
アレクサンダーは、妻の尋常ではない様子に、ペンを置いて顔を上げた。
「エリザベス、どうしたのだ。そんなに慌てて」
「アリアの黒板に、〇〇村が魔物に襲われていると書いてありました!畑が荒らされているそうです!すぐに、確認をしてくださいませ!」
エリザベスは、涙声でアレクサンダーに懇願した。アレクサンダーは、妻の言葉に驚き、眉をひそめた。娘の魔力量が平均以下であることは知っているが、そのような確かな情報を得られるとは思ってもみなかったからだ。
「アリアの黒板、だと?……ふむ、分かった。すぐに騎士団に命じて、確認させよう」
アレクサンダーは、妻の焦燥と、娘の持つ「奇妙な」情報源に、内心で驚きつつも、領民の安全を第一に考え、すぐに指示を出すことを決めた。




