森のささやき、魔力の異変
第二話です
よろしくお願いします
アリアが8歳になった頃、リンドバーグ家では、いよいよ彼女の本格的な魔法訓練が始まることになった。とはいえ、期待は薄かった。両親は形式的に、レオやセレスティは義務的に、そしてアリア自身も、諦めとわずかな焦燥感を抱えながら、毎日訓練場へと向かった。
訓練場は家の裏手にある広々とした空間で、様々な魔法を行使するための標的や結界が設置されていた。兄のレオは、掌から炎の塊を放ち、標的を瞬く間に焦がす。姉のセレスティは、倒れた人形に優しく手をかざし、淡い光で傷を癒していく。彼らの魔法は、まさに力強く、そして美しいものだった。
「アリア、今度は君の番だ」
父の声に、アリアは小さく息を呑んだ。用意された標的は、レオやセレスティが使うものよりもはるかに近く、そして小さなものだ。それでも、アリアにとっては高い壁だった。
「集中するんだ、アリア。魔力を練り上げ、イメージする。手のひらから光を放つんだ」
言われるがまま、アリアは必死に魔力を集中させた。しかし、何度試みても、彼女の掌から出るのは、指先で瞬く程度の、頼りない光の粒がせいぜいだった。それは、他の訓練生たちが発する、力強い光の束とは比べ物にならないほど微弱で、周りからは嘲笑にも似た視線が向けられた。
「またか……」
父のため息が、訓練場に重く響く。レオとセレスティも、言葉には出さないが、その表情には明らかな失望が浮かんでいた。
(どうして……どうして私には、こんな簡単なことすらできないの?)
悔しさで、アリアの瞳の奥が熱くなる。力のなさに、ただただ絶望するばかりだった。
その夜、アリアは人目を忍んで、森の奥へと向かった。家の中では、どこにいても家族の期待と失望の視線に晒される気がしたからだ。森の木々が発する葉擦れの音、小川のせせらぎ、夜風が運ぶ微かな土の匂いが、幼いアリアの心を慰めた。
いつも一人で過ごすお気に入りの場所、大きな古木の根元に座り、アリアはそっと深呼吸をした。魔力訓練で疲弊した心身を癒すように、静かに目を閉じる。
(もし、私がもっと魔力を持っていたら、家族も、周りのみんなも、私を見る目が変わるのかな……)
そんなことを考えていると、ふと、聞こえてきた。
「……トホホ、今日もまた、獲物を逃がしてしまった」
それは、微かな、しかし確かにアリアの耳に届く「声」だった。驚いて目を開けると、目の前には一匹の小さなリスがいた。
リスは、アリアの存在に気づいていないかのように、頭を抱え、しきりに何かを呟いている。
(え……? 今、リスの声が聞こえた……?)
アリアは自分の耳を疑った。動物の声が聞こえる、というのは、この世界ではごく稀に、魔獣使いと呼ばれる特別な魔法使いにしか許されない能力だ。しかも、こんなにもはっきりと、まるで人の言葉のように聞こえるのは異常だった。
不思議に思い、アリアはそっとリスに意識を集中させてみた。すると、先ほどまでの絶望的な訓練でほとんど使い果たしたはずの魔力が、ほんの微かに、しかし確かに、耳の奥へと流れていく感覚があった。
そして、その魔力の流れに乗せるように、リスの次の呟きが耳に届いた。
「このままじゃ、冬を越せないよぅ……」
アリアは確信した。これは幻聴ではない。ごく微量の魔力を、意識せずとも、自分の聴覚へと集中させた結果、動物の微細な振動、つまり「声」を拾い上げたのだ。
そして、それがなぜか、明確な言葉として頭の中に響いた。
(これって……もしかして……)
彼女の心に、小さな希望の光が灯った。
平均以下の魔力しか持たない自分でも、何か特別なことができるのかもしれない。
それは、力強く光を放つ魔法とは全く異なる、しかし、もしかしたらもっと繊細で、もっと重要な意味を持つ能力なのかもしれない。
アリアは、その夜から、誰にも内緒で、森の中でこの不思議な「声」の聴き方を試すようになった。
魔力を、無理に外へと放出するのではなく、自分の中に留め、意識の奥底へと集中させる。すると、遠くの鳥のさえずりが、小川の魚たちの囁きが、木々の精霊たちの微かな歌が、まるで直接話しかけてくるかのように、アリアの耳に届くようになった。
この、誰にも理解されない、しかし確かな「秘密」が、アリアの心を少しずつ満たしていく。
そして、前世の記憶に登場する「ラジオ」という存在と、この新たな能力が、無意識のうちにアリアの中で結びつき始めていた。




