情報の地図、眠れる魔女の部屋
数日後、アリアの部屋に、注文していた大きな黒板二組とイーゼル、そして色とりどりのチョークが届けられた。部屋の隅に運び込まれた真新しい黒板を見て、アリアの瞳は、まるで宝石のようにキラキラと輝いた。これまで絵本や古びた魔術書にしか興味を示さなかったアリアが、こんなにも目を輝かせる姿を、運んできた使用人たちも、少し驚いたように見ていた。
「わぁ……!お母様、本当にありがとうございます!」
アリアは、すぐに母エリザベスの元へ駆けつけ、心からの感謝を伝えた。エリザベスは、娘がこれほどまでに喜ぶ姿を見て、先日感じた戸惑いを忘れ、温かい気持ちになった。
「気に入ってくれたなら、何よりだわ、アリア」
そう言って、エリザベスは優しく微笑んだ。
部屋に戻ったアリアは、早速黒板のセッティングを始めた。ポルンも、アリアの興奮を感じ取っているのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、新しい道具に興味津々だ。
一つ目の黒板には、アリアが記憶している範囲の、森とその周辺の村々の地図を描き始めた。前世の知識を活かし、等高線のような概念を盛り込みながら、地形や目印となる古木、泉などを丁寧に書き込んでいく。次に、もう一つの黒板に、フクロウたちや小鳥たちから聞いた情報を、色とりどりのチョークを使って書き込んでいった。
「ウィンドが見つけた、夜に光る花は、ここかな」
アリアは、地図上の特定の場所に小さな印をつけ、別の黒板に「光る花:夜に発光、森の奥の泉のさらに奥」と書き込む。
「トワイライトが言ってた魔物が出た村は……ここ。畑を荒らしていたから、もしかしたら食料が狙われているのかも」
そう言って、地図上の村に赤い印をつけ、「魔物目撃情報:〇〇村、畑荒らし」と具体的に書き加える。小鳥たちから得た、珍しい木の実がなる場所や、新しい鳥の目撃情報なども、楽しそうに書き込んでいく。黒板は、あっという間に、様々な色で彩られた、情報豊かな地図とメモで埋め尽くされていった。
(これなら、一目で分かるわ!)
アリアは、自分の部屋が、まるで小さな情報司令室になったかのような感覚に、胸を高鳴らせた。この情報を「家内放送」で伝えれば、きっとみんなの役に立つはずだ。
夢中になって書き続けていたアリアは、ふと、窓の外が薄暗くなっていることに気づいた。いつの間にか、数時間が経過していたのだ。チョークを置くと、急に強い眠気に襲われた。心地よい疲労感に包まれ、アリアは机に突っ伏すようにして、そのまま眠りに落ちてしまった。その手には、まだチョークが握られている。ポルンは、アリアの頭の上で丸くなり、静かに寝息を立てるアリアを見守っていた。
夜も更け、屋敷の廊下には、夜の見回りを兼ねた若メイドのエミーリアの足音が響いていた。各部屋の火の始末を確認し、消し忘れた明かりがあれば消していく。アリアの部屋の前まで来ると、明かりが灯っているのが見えた。
(あら、アリア様、まだ起きていらっしゃるのかしら?)
エミーリアは少し心配になり、そっとドアをノックした。返事がないことに、さらに心配になり、静かにドアを開けて部屋に入った。
「アリア様?もう、お休みになられた方が……」
部屋の奥に目をやると、机に突っ伏して眠るアリアの姿があった。そして、その背後には、壁一面に広がる大きな黒板が二枚。一枚には詳細な森の地図が、もう一枚には、色とりどりのチョークで、びっしりと書き込まれた文字や絵が描かれていた。魔物の情報、珍しい植物の場所、村々の様子。それらは、まるでこの世界の秘密を解き明かす、暗号のようにも見えた。
エミーリアは、その光景に息をのんだ。そして、アリアの口元に浮かぶ、穏やかで満ち足りた笑顔を見た時、彼女は確信した。
(アリア様は……やっぱり、特別な方だわ)
エミーリアは、そっとアリアに毛布をかけ、静かに部屋の明かりを落とした。彼女はまだ、黒板に書かれた情報が何を意味するのか、その全貌を理解しているわけではない。だが、この奇妙で美しい光景が、アリアの新たな魔法と、これから起こるであろう大きな変化の、確かな兆しであることを、本能的に感じ取っていた。




