王都の噂、祖父の眼差し
数日後、王都の華やかな社交界では、とある晩餐会が開かれていた。各国の要人や、王国の名だたる貴族たちが一堂に会し、会場は煌びやかなドレスと、紳士たちの談笑で賑わっていた。この晩餐会には、リンドバーグ家の元当主であるバルドリックと、その妻セレーネも出席していた。彼らは、王都の魔法貴族の中でも重鎮として一目置かれる存在であり、その存在感は周囲を圧倒していた。
バルドリックは、優雅にグラスを傾けながら、知人の貴族と談笑していた。セレーネもまた、友人たちと和やかに会話を交わしている。そんな彼らの耳に、最近リンドバーグ家で起こったという、ある奇妙な噂が飛び込んできた。
「奥様、お聞きになりました?リンドバーグ家のお嬢様のこと」
アガサ・クロフォード夫人が、興奮気味にセレーネに話しかけた。彼女は先日のエリザベスのお茶会での出来事を、やや誇張気味に語り始めた。
「先日、エリザベス様のお宅でお茶会がございましてね。その時、お庭でアリア様が小鳥たちと戯れていらしたのですが……まあ、それが信じられない光景で!」
アガサ夫人は身振り手振りを交えながら、無数の小鳥たちがアリアの周りに集まり、まるで彼女が森の精霊であるかのように歌い舞っていた様子を語った。イザベラ夫人やグレイス夫人も、その話に頷き、それぞれが感じた驚きと感動を付け加えた。
その話を聞いたセレーネは、驚きと共に、どこか懐かしいような眼差しを浮かべた。
「アリアが、小鳥たちと……。まあ、あの子らしいわね」
セレーネは、アリアが生まれたばかりの頃、そして二歳、四歳、六歳の時にリンドバーグ家を訪れ、アリアと会っていた。幼い頃のアリアは、いつも静かで、他の子供たちのように活発ではなかったが、動物や植物を愛し、その瞳にはどこか神秘的な輝きを宿していたことを記憶している。特に、二歳の時、庭で遊んでいたアリアの周りに、一羽の蝶が舞い続けていた光景を鮮明に覚えていた。その時も、周りの大人たちは驚いたが、セレーネは「あの子は、きっと自然に愛される子になるでしょう」と、そっとエリザベスに語りかけたものだった。
その時、バルドリックもまた、近くでその噂話を聞いていた。彼は無言でワイングラスを回していたが、その鋭い眼差しは、アガサ夫人たちの会話にしっかりと向けられていた。
「小鳥たちが、集まるだと……?ふむ」
バルドリックは、幼い頃のアリアを思い出した。生まれたばかりの頃は、ただ小さく可愛らしい孫娘だった。二歳の頃には、魔力測定器に微弱な反応しか示さず、周囲からは「落ちこぼれ」と囁かれ始めたが、その幼い瞳には、どこか惹きつけられるような力があった。四歳の頃には、本を読み聞かせると、その内容を驚くほど正確に記憶し、六歳の頃には、森で採ってきた珍しい草花の名前を正確に言い当てて、バルドリックを驚かせたこともあった。魔力は乏しいものの、アリアには何か、常人にはない「識」の才能があるのではないかと、漠然と感じていたのだ。
「まるで、森の精霊が顕現したかのようでしたわ!アリア様は、本当に特別な存在でいらっしゃるのね!」
アガサ夫人の興奮した声が響く。
バルドリックは、グラスを置くと、静かにセレーネに尋ねた。
「セレーネ、アリアは、そのようなことができるようになったのか?」
セレーネは、バルドリックの真剣な眼差しに気づき、優しく答えた。
「ええ、アリアは、とても優しい子ですもの。きっと、動物たちも、あの子の心を理解しているのでしょう。まさか、そこまで多くの小鳥が集まるとは、私も驚きましたけれど」
セレーネは、アリアが動物たちに好かれることは理解しているものの、それが魔法的な現象だとは深く考えていなかった。ただ、娘が心優しい故に起こった、美しい出来事だと捉えていたのだ。しかし、バルドリックは、ただの「優しい心」だけでは、これほどの現象は起こり得ないことを知っていた。
バルドリックの脳裏には、リンドバーグ家に伝わる古文書の一節が蘇った。「真なる魔力とは、単なる力の奔流にあらず。万物の理を解し、心を通わせし者のみが、その深淵を覗き見る」
アリアの魔力量は平均以下。だが、もし、彼女の魔力が、万物の「声」を聞き、その「心」を通わせることに特化しているとしたら……。
バルドリックの瞳の奥に、深い探求の光が宿った。王都の貴族たちの噂話は、彼にとって、単なるゴシップではなく、リンドバーグ家の、そしてアリアの「真の才能」を解き明かす、重要な手がかりとなる予感に満ちていた。




