十六時の約束、秘めたる「放送」の響き
家中の部屋に受信機を設置し終えた翌日。アリアは、集めた物語が詰まったノートを手に、自室で静かにセレスティの訪問を待っていた。昨夜、セレスティに「少し、大切な相談があるの」とだけ伝え、部屋に来るようお願いしていたのだ。内気なアリアにとって、自分の計画を言葉にして伝えることは、新たな緊張を伴うものだった。
やがて、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、セレスティが優しい笑顔で部屋に入ってきた。
「アリア、どうしたの?何か悩み事?」
セレスティの心配そうな眼差しに、アリアは少し戸惑いながらも、意を決して話し始めた。
「お姉様……私、決めたの。この『声聞魔法』を使って、みんなに、お話しや歌を届けたい」
アリアは、昨日集めた物語が書かれたノートをセレスティに見せた。セレスティは、そのノートにびっしりと書き込まれた、マリアの思い出話、グレゴリオのパンの伝説、フィンの古木の言い伝え、そしてエミーリアの賑やかな街の噂話に目を瞠った。
「これは……アリアが昨日、みんなから話を聞いて集めたものなの?」
「うん。でも、これをただ話すだけじゃなくて、もっと、たくさんの人に届けたい。前世の私が、夜中にこっそり聞いていたみたいに、誰かの心に寄り添うような、そんな声になりたいの」
アリアはそこまで話すと、一呼吸置き、ずっと心の中で温めていた言葉を、初めて口にした。
「私、これを『放送』って呼ぶことにしたの」
「放送……?」
セレスティは聞き慣れない言葉に首を傾げたが、アリアの瞳に宿る真剣な光を見て、その言葉が彼女にとってどれほど大切かを悟った。
「うん。特定の相手じゃなくて、この受信機がある場所に、みんなに、私の声が届くようにしたいの。だから、どこかの誰かが、一息ついて休んでいる時に、そっと私の声が届けられたらって……」
アリアは、前世で深夜ラジオを聴いていた時のことを思い出しながら、語り続けた。誰にも知られずに、でも確かに繋がっている感覚。孤独な夜に、パーソナリティの声が隣にいるように感じられた、あの温かさ。
「それでね、いつから始めようかって考えているんだけど……お姉様は、いつ頃なら、みんなが一番落ち着いていられる時間だと思う?」
セレスティは、アリアの真剣な問いかけに、しばらく考え込んだ。リンドバーグ家の日常を思い浮かべ、使用人たちの休憩時間や、家族がそれぞれの場所で過ごす時間帯を頭の中で巡らせる。
「そうね……。朝は皆、忙しく動き回るし、昼食後もそれぞれの仕事があるわ。でも、午後四時頃ならどうかしら?」
セレスティは穏やかに提案した。
「ちょうど午後のお茶の時間帯で、使用人たちも一息つくことが多いし、父様や母様も書斎や談話室で静かに過ごされていることが多いわ。レオ兄様は今、王都にいるから関係ないけれど……夕食の準備が本格的に始まる前だから、比較的ゆっくりできる時間帯だと思うわ」
アリアはセレスティの言葉に大きく頷いた。午後四時。それは、慌ただしい一日の合間に訪れる、穏やかな休息の時間。まさに、彼女が届けたい「希望の音色」にぴったりの時間帯だった。
「ありがとう、お姉様!じゃあ、午後四時にする!毎日、午後四時に、みんなに私の声を届けるね!」
アリアの顔には、内気さの中に、新しい挑戦への喜びと期待が満ち溢れていた。セレスティは、そんなアリアの成長を温かい眼差しで見守りながら、優しく微笑んだ。
「ええ、楽しみにしているわ、アリア。あなたがどんな『放送』をしてくれるのか、私も最初の『聴衆』として、心待ちにしているわね」




